アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

上官の来訪

 アリーシャを連れてこの屋敷に暮らし始めてから、今日で二週間が経とうとしていた。

 一緒に街に出掛けた日の夜、オルキデアの部屋で寝てしまったアリーシャは、次の日の朝起きた時に、「すみません、すみません!」と何度も謝ってきたのだった。オルキデアは「気にしていない」と返したが、その日からアリーシャは自分の部屋で寝るようになってしまい、本の貸し借り以外ではオルキデアの部屋に来なくなってしまったのだった。

 よほど、オルキデアの目の前で寝てしまったのが恥ずかしかったのか、それとも別な理由からなのか。
 しかし、それ以外は何も変わらないので、心なしか寂しさを覚えるオルキデアだった。

 その日の午後も、オルキデアは部屋で一人の時間を過ごし、アリーシャも自室で過ごしているようだった。
 アリーシャは読書以外にも、庭を散歩したり、様子を見に来るセシリアやマルテ、庭の手入れに来るメイソンと談笑をして、この屋敷での生活を満喫しているようだった。

 最近では、メイソンやセシリアの親子に教わってガーデニングを始めたようで、ラナンキュラスの屋敷の庭には、ふかふかの腐葉土が入った茶色の植木鉢が並ぶようになった。
 一日二回、大切に水をやっているようで、早く芽が出て、花を咲かせないかと、夕食の席で楽しげに話していた。
 そんな弾んだ様子のアリーシャに、何を植えたのか尋ねたが、「育つまでのお楽しみです」と言われて、教えてくれなかった。
 それ以外にも、親子から株分けしてもらったという青々としたハーブの植木鉢も庭に並んでいた。
 これは、オルキデアたちの食卓にも、時折並ぶ様になったのだった。

 悪天候の日は、前の屋敷から運びこんだものの、オルキデアが全く使っていなかったテレビに興味を持ったようで、オルキデアが使い方を教えて以降、何もない夜や天気が悪い日は、アリーシャはテレビを観て過ごしているようだった。
 テレビを観ていて楽しいかと、聞いた時に、アリーシャは満面の笑みで答えてくれた。

シュタルクヘルト(あっち)にもテレビはありましたが、私は観せてもらえなかったので!」

 そう言って、どんな番組でも興味を持って観ているアリーシャは、まさに視聴者の鏡というべきだろう。
 それ以降は、オルキデアもたまにアリーシャに付き添って、一緒にテレビを観るようになったのだった。

 そんなアリーシャを見守りつつ、オルキデアはティシュトリアに関する情報を集めていた。

 オルキデアの部下だけではなく親友までもが、仕事の合間にティシュトリアに関する情報を集めてくれている。
 仕事と称して、情報屋からも情報を集めてくれているようで、日に日に手元には現在のティシュトリアに関する情報が増えていった。

 オルキデアもティシュトリアに関する情報を集めつつ、その合間に不在中の仕事の指示を出していた。
 階級が上がると、こうして長期の休みを取っても、小言を言ってくる上官が減って心身共に楽も出来るが、その反面、有事の際や何か問題があった際には休暇を切り上げて仕事をしなければならないというのが、酷ではあった。

 昼食を済ませると、ずっと部屋にこもって仕事をしていたオルキデアは、電子端末から頭を上げると、大きく息を吐いた。
 凝り固まった肩をほぐしていると、屋敷の前で車が停まったようだった。
 クシャースラかメイソンでも来たのかと思っていると、屋敷中に呼び鈴の音が鳴り響いたのだった。
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