アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

好き

「意識を失って、次に目を覚ますと、見知らぬテントの中でした。自分の事は何も覚えていなかったのですが、出入りする兵の軍服から、自分はペルフェクト軍に保護されたのだと分かりました」
「そうか」

 冷たくなった紅茶に口をつける。
 外はすっかり暗くなっていた。明かりを点けにオルキデアが立ち上がると、アリーシャも立ち上がってカーテンを閉めてくれた。

 そんなアリーシャの後ろ姿を見ていて、オルキデアはつい聞いてしまう。

「その、最期を看取ったという兵士の仇を討ちたいか?」
「えっ……?」

 振り返ったアリーシャに、オルキデアは自分の首を示す。

「俺は兵士を殺したペルフェクト軍の一人だ。俺一人を殺したら、兵士一人分の仇討ちにはなるだろう」
「オルキデア様、何を言って……」
「仇だけじゃない。俺を殺して、ここにある軍事秘密を持って国に帰れば、お前は国の英雄だ。父親にだって、兄弟や姉妹たちにだって、認められるだろう。……どうする?」

 口元を手で押さえて、顔を歪めるアリーシャに、意地悪くオルキデアは訊ねる。
 無論、ただで殺されるつもりはない。
 そうなる前に、アリーシャは他の兵に捕まって、死刑になるだろう。
 アリーシャがどんな反応を示すのか気になった。
 ただ、それだけだった。

 すると、突然、アリーシャの菫色の瞳に涙が浮かんきた。
 溢れた涙が、一粒、二粒と、アリーシャの頬を流れていく。
 意地悪く笑っていたオルキデアだったが、急に泣き出したアリーシャに、余裕を無くしたのだった。

「どうした? 急に泣き出して……」
「だって……。オルキデア様が意地悪を言うから……」
「意地悪? 意地悪を言った覚えはないが」
「意地悪ですよ! 自分を殺して、国に帰れば英雄なんて! 私は、命の恩人を殺してまで、誰かに認められたいなんて思っていません!」

 アリーシャは懐からハンカチーー以前、オルキデアが渡して、そのままアリーシャの物になった、を取り出すと、涙を拭いた。

「それに……そんな事をしても、死んだ人は喜びません。ただ、憎しみや苦しみの連鎖が続くだけです……!
 オルキデア様を殺したら、私がオルキデア様のご家族や友人に憎まれて、いつの日か殺されます!」
「俺にそんな家族や友人はいない。アリーシャが俺を殺しても、誰からも憎まれない」

 もしかしたら、親友のクシャースラは悲しんでくれるかもしれないが、そんなのは実際に死んでみなければわかる訳が無い。

「そんな事はありません! 私が悔やみます……。私が自分自身を憎んで、殺してしまった事を悔やみます!」
「何故、アリーシャが悔やむ? 俺が命の恩人だからか?」

 アリーシャは「それだけじゃありません!」と、ぶんぶんと首を大きく振る。

「私以外の人がオルキデア様を殺したって、私が怒って、泣いて、憎しみます! だって、私はオルキデア様の事が好きだから……」

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