エデンクラブ

計画

 朝、目が覚めると竜也は泣いていた。夢で見た光景が余りに美しく、悲しすぎて。まるで一晩の夢で、世界の初めから終わりまでを見せられて、世の儚さを嘆きたくなる様な、そんな感傷的な気分になったのだ。だが、夢は所詮夢である。これから実際にエデンの園を作るのだ。朝食を簡単に済ませた竜也は自転車に乗ると、新しい活動への期待感から嬉しくなり、鼻唄を歌いながら学校へ向かった。


「お早う!」

「お早う~」

教室には既にクラスメイト達が集まって、それぞれお喋りに興じている。竜也は明里を見付けると、出来るだけ明るい声で声をかけた。


「なあ、明里。俺と隣のクラスの淳と一緒に、エデンクラブに入らないか?」

明里はきょとん、とした顔で訊き返す。

「エデンクラブ?」

「ああ、まあ簡単に言うと、旧約聖書のエデンの園ってあるだろう? それを皆で再現するのさ……それに是非明里も参加してもらいたいんだ」

「ふーん。エデンて、楽園の事よね? 何だか面白そうね」

「だろ?」

「良いわ。私もやってみる」

「よし。俺、昼休みにクラブ申請出してくるから、今日の放課後から始めようぜ」

「分かったわ」


 そう明里が答えて笑った時、担任が教室へ入って来た。竜也は席に着くと、これからの計画を練り始めた。まず申請して、通ったら準備だ。だがクラブ室は何処も満室だ。仮に空いていたとしても、あんな閉鎖的な空間じゃエデンに相応しくない……。竜也はノートにエデンクラブの絵を描き始めた。草原があって、木が生えていて――。想像は何処までも広がって行く。だがそんな場所がここにあっただろうか?


 昼休み。竜也は教員室へ向かった。挨拶して中へ入ると、担任に声をかける。

「先生。新しくクラブを創設しようと思うんですけど」

「クラブ? そうか、万年帰宅部のお前も、とうとうクラブ活動する気になったか。まあ、良いことだよ。で、どういうクラブなんだ?」

「エデンクラブっていうんです。旧約聖書のエデンの園を再現して、そこで皆で楽しく過ごすんです」

「エデン?」

「はい。夢があるでしょ」

「うん……まあ……何だか良く分からんクラブだな。そのクラブの存在意義って何だ?」

「意義とか言われても……。まあ、皆で古の楽園をイメージしながら楽しく過ごそうっていう」

竜也は頭を掻いた。確かに、冷静に考えれば変なクラブだよな。

「面白そうじゃないですか」

やり取りを聞いていた社会の教師、西村仁(にしむらひとし)が興味を示した。

「良ければ私が担当になりますよ」

西村はそう言うと担任の肩を叩く。

「西村先生……よろしいんですか?」

「ええ。私も何か生徒達のクラブ活動の担当、やってみたいと思っていたところなんです」

「そうですか……じゃあ、西村先生! よろしくお願いしますよ」

「任せて下さい」

「よし、海野。そういう訳で、西村先生に担当になってもらえ。この書類に必要事項を書いて、放課後提出しろ」

「はい」

竜也はやったぜ、と小さくガッツポーズをすると、教室へ戻った。


 放課後、書類を提出した竜也は明里と敦に声をかけた。

「よし、今日からエデンの準備を始めるぞ。協力してくれ」

「エデンって何だ?」

淳が訊いた。竜也はエデンクラブについて、二人に説明した。

「エデンクラブね……面白そうだな。良いけど、何をするんだ?」

「まず、場所を決めよう」

竜也はそう言うと、校庭へ向かって歩き出した。グラウンドを横切り、端っこに植わっている大きな楠の下まで来ると、

「ここにしよう」

と辺りを見回した。木の下には手入れが行き届かず雑草が生い茂り、白い可憐なハルジオンやら、ネジリソウやらが可愛らしい花を咲かせていた。

「場所が決まったら、次はベンチとテーブルが要るな……」

「それなら、家に昔親父が買ってきてほったらかしてあるウッドテーブルのセットがあるぞ。親父に頼んで、明日持って来るわ」

「うん。ありがとう。よし、今日はもうする事無いから、各自自由にしてくれ」

竜也はそう言うと、スクワットを始めた。

「何してるの」

「スクワットさ」

「……エデンと関係ある訳?」

明里が怪訝そうな顔で訊く。

「無いよ」

竜也はアッサリそう答えた。

「まあ、これからの作業に備えて、体力作りさ」

「一日だけ鍛えたって仕方ないでしょう?」

「そうだけどな。何かこう、気分が高揚してきて。この溢れる気持ちをどうにかしたくてね」

竜也はウキウキとスクワットを続ける。

「俺達もやろうぜ。スクワット」

「えー、私は嫌よ」

「良いから。皆でスクワットして、青春の輝きを楽しもうぜ」

「何よ、それ」

結局、明里はブツブツ言いながらもスクワットを始めた。初夏の夕陽が三人を赤く照らして、背後に三つのユーモラスな影が伸びる。竜也は、今日は何て良い日だ、と思った。ささやかとは言えクラブを新設し、親友と憧れの明里といっしょにこうして同じ時を過ごす。これから楽しい日々が始まるのだ――
竜也は額に滲んだ汗を拭うと、再びスクワットを続けた。
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