この世界の魔王はツンでクールな銀髪美少年だ
 素早く、けれど優雅に見える所作を心がけてモップを片付けヴァルシュの執務室へ向かう。

(まぁここの人たちは細かいこと言わないんだけどね。ヴァルシュのことも呼び捨てで良いって本人に許可されたし)


 軽くホワイトブリムとエプロンの裾を整えてから重厚な執務室のドアをノックする。

「失礼します」
「入って」

 スッキリと整えられた部屋の中。 
 広い机に積み上がった書類を淡々と処理していく我らが少年王は今日も月光の精のように麗しい。
 その彼が銀の光を振りまきながらカップを傾ける様は絵画として残しておきたいくらいだ。

 そんな私の(よこしま)な考えを気取られないようにヴァルシュがお茶を飲み込むのを見守る。……ヴァルシュ、人の心が読める能力とか持ってないよね? 大丈夫だよね? あー、本当に綺麗な顔してるわー。


「……46点。一番最初の水槽の水をそのまま出してきたのかと思うようなやつに比べればマシだけど、僕の好みにはまだまだ遠い」


 ──相変わらず毒舌だけどな!

「っ、すみませんねぇ! こちとら異世界のお茶の淹れ方にまだ慣れてないもので。婚カツのためにお料理教室に通ってたとは言え、お湯注ぐ度に断末魔をあげるお茶っ葉を扱うのは魔王城(ここ)に来てからが初体験なんですわ。そんなに不味いならお取り替えしましょうか?」

「飲めないわけじゃないんだからそんな必要ないでしょ。……ところで君が度々口にする『婚カツ』ってなんなの」

「ヴァルシュの年齢じゃまだピンと来ないかもしれないけど、私のいた世界(日本)では結婚相手を見つけるために様々な活動をすることを総じて『婚カツ』と呼んでいたのよ少年」

 この世界、もしくは魔族には理解できない感覚だったのかヴァルシュがその形の良い眉をひそめた。

「どこの世界でも人間っていうのは……。結婚相手なんて無理に見つけるものじゃないだろうに」
「私も最初はそう思ってたけどね。周りに置いてかれるのって、焦るのよ」
「みんなと『同じ』じゃないと不安?」

 青と碧。空の色でも、海の色でもない深い色の瞳がジッと私を見上げる。

「僕たち魔族の祖は、人間に害を与えるつもりも何かを奪うつもりもなかったのに、ただ外見や能力が人間と違うからという理由で迫害され、追われて、この魔族だけの国を創ったんだよ」
「違うって、ヴァルシュの見た目はほとんど私たちと同じに見えるけど……」

 むしろ天使や信仰の対象として崇められていてもおかしくないようにすら思う。

「異世界人のリノにはそう見えるんだ? 僕のこの銀の髪は魔王の象徴のようなものだし、他にもやっかいな体質を抱えてるんだよね」

 そう言ってヴァルシュがため息をついた。
 魔王にこんな表情をさせる『やっかいな体質』ってなんだろう? けどそういうデリケートなことは聞かない方が良いよね。

「……最初ピエレオスで魔王に関する嘘を教えられた時には『魔族ってなんて酷いんだ。私で力になれることがあれば』って思った。でも王子たちが私を騙してたことを知って、こうしてヴァルシュの元で働かせて貰って。あなたたち魔族の優しさを知った今、私にとってのヴァルシュは本当の強さと優しさを持った綺麗な男の子だよ。……口はかなり辛辣だけど」

「怒った時の君の言葉の悪さも相当だけどね。……ねぇ、聞こうと思ってたんだけど、リノは僕を何歳だと思ってるわけ?」

 突然の質問に人差し指を顎にあてて考える。
 ヴァルシュのことは勝手に私の10歳くらい年下だと思っていたのだけど……。

「13歳くらいじゃないの? あ、私がいた世界でも人種によって若く見えたり年上に見えたりしたから、実際はプラスマイナス3歳くらいとか?」

「へぇ、そのくらいに見えるんだ? さて、どうだろうね。君が満点のお茶を淹れられるようになったら教えてあげてもいいよ。……まぁ、今のままじゃあと何年かかるかわからないけどね」


 そう意地悪く言ってヴァルシュはカップの残りを飲み干した。

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