冷たい海
 演奏会前日の朝……それは、いつも通りの朝だった。いつも通りに窓から朝の陽が射し込み、いつも通りに前の日よりも肌寒さが増し、いつも通りに秋が終わりに近づいているのを感じて。でも、布団から起きた瞬間に僕は得体の知れない胸騒ぎを感じた。
 理由は分からない。ただ、哀しい夢を見たのだ。その夢の中では、自分は暗い空で最愛の美夏を呼び戻すためにただひたすらに箏を奏でる星座であった。しかし、僕の祈りは通じずに彼女は空のさらに奥……恐ろしいほどの暗闇が包む冥界に吸い込まれる、そんな夢。
 僕の中の胸騒ぎは堪えきれぬほどに大きくなった。

「美夏!」
 僕は布団から跳ね起きて、彼女の部屋に入った。すると僕は、自分の顔からさぁっと血の気が引くのを感じた。
「美夏! 美夏!」
 僕がどれほど揺さぶっても、彼女は口もきくことができなかった。ただ、苦しそうに……周囲の空気に縋るように、必死でそれを吸い込むだけで。僕は彼女に届くように、彼女を呼び戻すように、必死で叫び続けた。

「美夏ちゃん……美夏ちゃん!」
 その異様な空気を察知して部屋に入って来た母親も血相を変えた。それは、夢の演奏会の前日。残酷な運命が冷徹にもたらした、彼女の容態の急変であった。
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