幸福音
「瀬川くんの演奏を動画に納めたら、弟は毎晩のよう聴いているの」

「……」

「自分で歌詞を考えて歌っているんだよ」



名前のない、俺が即興で弾いた曲に?

自分でもどんな曲を弾いたか覚えていないのに?


そんな曲を毎晩聴いてくれている。

その事実が、胸に突き刺さった。



「もう一度、弟に聞かせてあげたいの。瀬川くんの演奏を」



そういう椎名の瞳からは、大きな涙がこぼれていた。


一生のお願い。


椎名なら言いそうな言葉が思い浮かんだ。

俺は立ち上がり、床に放り投げた鞄を手に取った。



「……考えさせて」



俺はその言葉だけを残して、音楽室をあとにした。
< 11 / 18 >

この作品をシェア

pagetop