きみはカラフル
「そんなの、加恵が謝ることないよ。加恵のせいじゃないんだから」
弘也さんは残念がる素振りもなく言ってくれる。
その証拠に、肩下にあった白が、ふわりと大きく見えた。
「それはそうなんだけど……」
「あ、じゃあ、加恵自身は何色のことが多いの?」
話題を変えようとしてくれる弘也さん。
けれど、運悪いことに、その話題もわたしにとってはポジティブなものでもなかった。
「それが……ないの」
「うん?」
「だから、無色透明。わたしには色がないの」
「……ない?それは、自分自身だから角度的に見えにくいだけじゃなくて?ほら、鏡とかで見ても、ないの?」
弘也さんはわたしの返事に詳細を求めながら、そっと顔を近寄せてきた。
わたしは至近距離になる顔の近さから逃れるように、ふいっと下向いた。
「他の人の色は、鏡にも映るんだけど。でも……わたしは、鏡の中にも、色が全然見えないの……」
それは、誰にも話せない、相談できないコンプレックスだった。
色がないということは、イコール、感情がないということなのだから。
物心ついた頃からそれが見え、人の感情の類だと気付いてからは、常にその色達を窺いながら自分の言動に反映していた。
だからその卑怯な癖が、わたしから色を奪い上げたのだろう……
そう告げると、優しい恋人は「そんなことないよ!」と反論した。
「加恵に感情がない?そんなわけない。ちゃんと嬉しかったら笑うし、悲しい映画を観たら泣いてたじゃないか。それに、俺は加恵に怒られたことだってあるんだから。ほら、残業が続いたとき、働き過ぎだって叱ってくれただろ?それだって立派な感情じゃないか。……だからきっと、他に何か理由があるんだよ」
「理由……?」
「加恵以外にも、色がない人はいなかったの?知り合いとか身のまわりの人だけでなく、街中とかでも、そういう人は見かけなかった?」
必死にフォローしてくれる弘也さんを見て、わたしは、こんな話の途中だけど、彼に大切にしてもらってるんだなという幸せを感じていた。
それは、彼の色を見なくたってわかる、彼の愛情と優しさだ。
だからわたしは、さっきまでのナーバスが嘘のように、ごくごく自然と寛いだ調子で、弘也さんにわたしの特異体質についての詳細を説明することができたのだった。
大勢の人がいるところでは、いろんな色が重なって見えるから、はっきり分からないこともある。
ただ、今までにわたしと同じように無色透明の人には出会ったことがない。
そう伝えると、弘也さんは「そうなんだ…」と、神妙な面持ちでちょっと思案していたけれど、そのあとで、
「だったら、俺が、加恵の色を決めるよ」
パッと閃いたように提案してきたのである。
「わたしの色って?」
「だから、加恵の感情の色だよ。加恵に見えないんだったら、誰にも正解が分からないってことだし、俺が決めても問題はないだろう?」
「それは、問題はないけど……」
思いもよらない申し出に、わたしは受け入れることも遠慮することもできず、困惑してしまう。
「そうだな、今、加恵は困ってるって顔をしてるけど、でも、加恵から出てる色は……ピンク、かな?例え見えなくても、俺には分かるよ。加恵の色は、きっとピンクだ。そう、ピンクに決まってる。だって、俺と一緒にいるんだから、ピンクに違いない……」
最後は囁くような声になって、弘也さんはわたしの頬にキスをした。
そしてそれが、深い夜のはじまりの合図になったのだった。