きみはカラフル




病院を受診して、点滴を何本か受けてからは、するすると体調は快方に向かっていったようだった。
すると気持ち的な変化も徐々に、本当に少しずつではあるが訪れて、わたしの感情に働きかけてきた。


心配してくれる人がいて、嬉しい。
仕事を休ませてもらえて、よかった。
診察室のカレンダーの写真の中の子犬が、かわいい。
点滴の針が痛くなくて、ホッとした。


そんな風に感情が戻ってくると、実家に帰宅したとたん、一番大きな感情を思い出して、わたしは、玄関先で大声で泣いた。



―――――っ、ぅわあぁぁぁぁぁんっっ!!いやぁぁぁぁぁっ、
弘也さん、弘也さん――――――っ!!



ドラマや映画の中で見かける泣き叫ぶシーンを、今までは大げさな演技だと思うところもあったけれど、実際にあり得る光景なのだと、身をもって実感していた。


三和土(たたき)に膝をつけ、玄関マットに額をこすりつけ、わたしは、声にならない言葉にならない感情を吐き出し続けた。
やがて車をガレージに入れていた父が家に入ってきて、わたしを包み込むように背中から覆ってくれる。

「加恵、ここじゃ体が冷えるから……」

そのセリフに、わたしの涙は反応したようだった。
すぐには止まらなかったものの、一筋、もう一筋…それくらいで、涙腺はゆるやかに閉じられる。
すると父の言う通り、三和土から膝を通して冷たい感触が鮮明になってきて、わたしはゆっくり立ち上がった。

「加恵、大丈夫か?」

そう訊いてきた父の()を、久しぶりに見た気がした。
この数週間も至るところで()自体は目には映っていたかもしれないが、感情を消失させていたわたしは、いちいち認識することもなかったのだ。


父の今の()は、まん丸い黄色だった。
黄色は、楽しい、元気が出る……つまり、父はわたしの快復を喜んでくれているのだろう。

わたしは、ずっと心配かけていた父に申し訳なかったという気持ちでいっぱいになり、そして、今のわたしに対して黄色(・・)を見せてくれたことに、感謝でいっぱいだった。
そして、きっとわたしにも()があったのなら、父と同じ黄色なんだろうなと思いながら、しゃんと背筋を伸ばしたのだった。









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