きみはカラフル




それ(・・)は、テレビや写真といった機械越しの映像画像には映らなかったが、鏡や窓、水面等には映るようで、わたしは子供の頃から、何度も何度も自分の色(・・・・)を見ようと試みたものだ。
けれどどうしてだかわたし自身のまわりには、それらしい()は見当たらなかった。
……わたしにだって、当たり前だけど感情はある。
たとえば、賄いがお気に入りのビーフシチューだと知って、喜んでいるはずなのに。
なのに、それ(・・)はわたしには見えなかったのだ。

自分の特異体質に気付いて以来、ずっと、相手の感情を読んでからリアクションを返すという、カンニングのようなコミュニケーションを続けてきた(ひずみ)が、そういった結果として出てしまったのかもしれない……
そんな風に考えては、いつまでたっても見えることのない自分の色を、わたしは常に探していた。
けれど今日も、鏡に映るわたしの()は無色透明で。
彼氏とのデートに浮かれて黄色を咲かせていった先輩を羨みながら、わたしは仕事場である店に出たのだった。

そしてそこで、今まで見たことのない()に出会ったのである。



午前中は晴れていた天気が午後になって急に傾き、ぽつぽつと空から大きめの粒が落ちてきたようだった。
せっかくのデートが台無しにならないといいけど…
先輩のことを気にかけていたそのとき、入り口の扉が開かれた。
シャランシャランという、シンバルを小さく鳴らしたようなドアチャイムの音がして、カウンターでナプキンの補充をしていたわたしは手を止めた。
いつ聞いても心地いいこのチャイムの音が、わたしは大好きだった。
だがこのときばかりは、その大好きな音が耳に入ってこないくらいに、入り口に立っている人物に釘付けになってしまったのだった。


その人は、にわか雨に降られて逃げ込んできたような風情で、スーツのジャケットの袖を左右交互に払っていた。
そのスーツはダーク系、片手には黒いビジネスバッグ、襟元のタイは遠目だからはっきり見えないけれど濃いグレーだろうか。とにかく全体的に落ち着いた色味の装いなのに、彼の全身には、色とりどりのそれ(・・)が溢れていたのだ――――――









< 6 / 71 >

この作品をシェア

pagetop