きみはカラフル
「弘也が加恵ちゃんに接触してからしばらくすると、加恵ちゃんの黒色は消えていって、私もホッとしてたのよ。だけど、実は………二人が付き合いだしてからも、加恵ちゃんには、時々、黒が見えたり消えたりしていたの。どうしてそれが分かったかと言うと、この黒に関しては、なぜか、写真越しでも見えたから」
「写真越しで?」
「そうなの。他の色は写真にも動画にも残らないでしょう?でも、黒色ははっきりと見えるのよ」
お姉さんの説明に、弘也さんとの時間が蘇ってくる。
「………じゃあ、それで弘也さんが………」
「そう。だから弘也はしょっちゅう加恵ちゃんの写真を撮ってたでしょう?あれは大好きな加恵ちゃんの写真を手元に残したかったのもあるだろうけど、私にメールで送って、毎日加恵ちゃんに異変がないかをチェックさせてたのよ」
姉使いが荒いでしょ?とお姉さんはしかめっ面をした。
表情がくるくる巡るところは、弘也さんとはまた違った意味で感情豊かだ。
けれどすぐに、その相好からはサッと表情を消してしまった。
「……そしてあるとき、加恵ちゃんの胸元に、すごく濃くて、とんでもなく大きな黒が見えたの。時期で言えば、二人が休暇を取って出かけた旅行の少し前よ。弘也なりにいろいろ回避できそうなことを試してみたらしいんだけど、加恵ちゃんの黒は全然小さくならなくて、それで旅行っていう強硬手段に出たみたいね。生活パターンを大きく変えてみればいいかもしれない…って」
それを聞いたわたしは、あの急な旅行の誘いの裏にあった真実に、心が震えた。
でもそれはけっして良い方の感情ではなくて。
何も知らずに浮かれていた己の情けなさを痛感したのだ。
そしてそれは、心臓に穴を開けられてしまったかのような胸の苦しさを連れて来た。
「じゃあ………あの旅行中、弘也さんが何度も電話をしていたのは、」
「私よ。一日に何度も加恵ちゃんの写真を撮っては、私が色の変化を見て弘也に電話していたの。でも、私達の期待むなしく、はじめの二日くらいは、加恵ちゃんの黒はどんどん大きくなっていったわ。それでも、他の方法を考えてみようかと話してた三日目を過ぎたあたりから、徐々に薄くなっていったの。何が効果あったのかは定かではないんだけど、旅行の最終日にはもうすっかりなくなっていて、私も弘也も本当にホッとしたのよ」
具体的な経過説明に、わたしは、自分の思い至らないところで二人にこんなにも守られていたことを思い知った。
それは旅行だけではない。
今思えば、弘也さんの心配性も、過保護も、いつもわたしの写真を撮っていたのも、全部全部、わたしのためだったんだ……
「わたし………そんなこと全然知らなくて……」
何も知らなかったことに、申し訳なさとか悔しさとか、自分自身に対する腹立たしさで胸がいっぱいになる。
どんな気持ちで、弘也さんはわたしを守ってくれていたのだろう。
はじめて会ったときから、わたしを……
「そんなの当たり前よ。だって誰も話さなかったんだから」
うなだれたわたしに、お姉さんは穏やかに返した。
その語調が弘也さんにそっくりで、わたしはびっくりした拍子に顔を上げた。
お姉さんの優しい目とぶつかる。
「弘也、言ってたわよ。『加恵が元気で笑ってくれてたら、それだけで俺はめちゃくちゃ幸せなんだ』って。だから、事情を知った加恵ちゃんが変に気にしたりするのは、どうしても避けたかったみたい」
弘也さん………
弘也さんがどんなにわたしを想ってくれていたのか、大切にしてくれていたのか、愛してくれていたのか、そのすべてをひしひしと感じる。
もう会えないのに。
なのに今、どうしても弘也さんに会いたい。無性に、激しく。
胸の苦しさは、もはや胸だけではなく、肋骨や鎖骨までもが軋むように痛くなって、呼吸さえままならない。
むせるような喉の締まった感じとか、鼻を刺激する涙の気配とか、わたしは、自分の感情の破裂を予感した。
だがそのとき、ふと、思い当たったのだ。
「…………あの、ひとつお聞きしても、いいですか………?」
「なにかしら?」
「お姉さんは、黒の見え方で、事故みたいな突然死を予見することができるんですよね?」
「そうよ?」
「それなら、弘也さんのことも……」
「もちろん、見えていたわ」
すんなり頷かれて、わたしは思わず「それなら!」と語気を強めていた。