夏の花火があがる頃
「ごめん……」

「それって、何のごめんなの?」

 泣いているようだった。

 欲しい答えをいつも彼女にあげることはできない。

「……今は、まだ萌との結婚は考えられない」

 嘘をついて彼女を騙しても仕方がないので、悠也は自分の気持ちを正直に話すしかなかった。

「いつ考えられるの?」

「わからない」

「……」

「だから、萌が嫌なら、他の人を探して欲しい。俺は、萌の要求に答えられないと思う」

 振り絞るように言った。

 タイも中心街に行けば、東京やニューヨークに負けず劣らずのネオンが広がっている。

 美しい夜景だった。

「私は、悠也と一緒にいたいと思ってる。ずっとそう思ってきた。大学生の頃から、ずっと」

「……うん」

「でも、悠也は違うってことだよね。海外に行くっていう大事なことすら、来てから連絡してくるぐらいだもん」

「一緒にいて楽しいとは思ってる。だけど、今は考えられない。萌の期待には答えられない。だから……」

「私は、別れたくない!」

 電話の向こう側で萌が叫んだ。

 違う。

 こんな話がしたかったんじゃない。

 もっと楽しい話になると思ってた。

 楽しい話を悠也とずっとできていない。

「ごめんな……」

 泣く萌に謝ることしかできない。

 愛していない訳ではない、嫌いになった訳ではない。

 だが、今ではない。

 ただそれだけだった。

 きっとめぐみと会っていなかったら、慎吾が死んでいなかったら、のらりくらりかわしながらも、萌と結婚していたかもしれない。

 再会してしまった。

 彼女が自分の手元に降りてきてしまった。

 大学生のあの時の続きをやるチャンスが来ている。

 結婚など出来るわけがなかった。

 泣きじゃくる萌を散々宥め、電話を切ったのは夜中の三時だった。

 次の日は、朝七時に起きて出発しなければならない。

 睡眠時間は残り四時間か。

 こんなことなら、電話をかけなければよかった。

 深いため息をついた後、悠也はシャワーを浴びに風呂場へ行った。
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