時を越え、君を知る。
自分を見失わないでほしいと長門さんに幾度となく言われ、私は少しずつ気持ちが沈むことが減っていった。乗組員さんと艦内ですれ違う度に挨拶や軽く会話をするくらいには緊張も解れてきていた。笑うことが多くなったと長門さんに言われたが、恐らくそれは彼のおかげだ。
だが、未だに夜の静寂だけは私に不安を与えていた。睡眠はあまり必要ないからとベッドを私に明け渡し、長門さんは夜になるとどこかに行ってしまう。

「静かだなあ…」

見張員さんが起きている程度で、日中の活気は感じられない。

「……なんだ、起きていたのか」
「わ。びっくりしました」

艦砲の裏から声がして、長門さんが姿を現した。煙草を吸っていたようで、風に乗って少しだけ匂いがした。フネには酒保と呼ばれるものがあり、大学にある売店のような役割を担っている。実際に酒保を訪れた時には品揃えの多さに驚いたものだった。煙草もそこで買うことができる。

「眠れないのか?」
「眠れないわけではないんですけど、静かすぎて不安で…」

私の時代では夜と言えど、人口が多い地域ではそれなりに人々が活動していて、車の音やアパートの隣の部屋の人の物音、眠れない夜にはスマホを見ることだってできた。車の音の代わりにフネの駆動音が聞こえはするものの、聞き慣れないそれは私の寂しさを助長させるものになってしまった。

「夜は静かなものだろう?」
「私、一人暮らしをしていたんですけど夜でも隣の部屋から物音がしたり、いびきが聞こえてきていたりしたので、どうにも慣れなくて…」
「なるほど、寂しいのか」

私の思っていたことをはっきりと言葉にされて、顔に熱が集まるのを感じた。

「…お恥ずかしながら…」
「ならば少し話でもするか? 気も紛れるだろう?」

甲板の適当なところに二人並んで腰を下ろす。

「…須藤の名前の由来は何だ?」

長門さんの問いに、いつかに両親が話してくれた名前の由来についてそのままを話した。
陽菜という名前は両親が考えてくれた名前で、『陽』は太陽を表していて『菜』は菜の花を指すらしい。太陽に照らされて美しく輝く菜の花のように、明るく元気な人間に育ってほしいという二人の願いが込められている。「そうしてあなたも誰かに元気をお裾分けしてあげられるようになるといいわね」という母の言葉が思い出された。

「…という感じです。後々改めて聞いたら響きが可愛いからって言われちゃいましたけど」
「……陽菜」
「ど、どうしました?」

いきなり名前を呼ばれて心臓が高鳴った。普段は名字でしか呼ばれたことがなく、なんだか長門さんの口から発せられた自分の名前は、いつもよりずっと特別な響きのように感じられて、私を見つめる彼の瞳から視線を外すことができなかった。

「…確かに可愛らしい響きだな。お前によく似合っていると思う」
「あ…、ありがとうございます。長門さんの名前の由来は?」

胸の高鳴りをどうにか悟られないように平然を装いながら、質問を返した。

「長門という名前は旧国名の長門国からきている。基本的に戦艦は旧国名、空母や重巡洋艦は山、軽巡洋艦は川……というように規則性があるんだ」
「それぞれ纏まりがあって家族みたいですね。長門さんと陸奥ちゃんも名前の最初に長門型戦艦ってついてるから私達で言うところの名字みたいな感じしますし」
「家族か…、そうだな。血は繋がっていなくとも、陸奥は俺の妹だということに変わりはないからな」
「陸奥ちゃんみたいなお姉ちゃんか妹いたら楽しいだろうなあ」
「もれなく陸奥の兄である俺もついてくるが?」

口角を上げながら長門さんが言う。ふと長門さんと陸奥ちゃんが私の兄妹になったことを考えてみた。陸奥ちゃんとは仲良し姉妹になるだろうが、長門さんは…、

「長門さんとは兄妹じゃないほうが嬉しいなあ…」
「…ん?」
「ん?」

はっとして口元を抑えるが時すでに遅しというもの。私の心の中での呟きはいとも自然に吐き出されてしまっていたのだった。

「いや、その、悪い意味じゃなくて…っ、長門さん優しいし、かっこいいから好きになっちゃうだろうなって、だから兄妹じゃないほうがいいって思っただけで…!」
「陽菜」
「はい、」
「俺も陽菜のことを可愛らしいと思っているから、兄妹じゃないほうが嬉しいぞ」

だから落ち着け、と慌てる私を宥めるように頭に手を置いた。恐らく私の顔は真っ赤になっているに違いなかった。暗闇で助かったとでも言うべきか、とにかく長門さんに見られていなくて良かったと思った。
長門さんに出会ってそんなに日数は経っていないのに、じんわりとその存在が大きくなっていくのを感じている。それは、長門さんが本来持ち合わせている包容力がそう感じさせているのだろう。未来から来たなどと意味不明なことを言う女を受け入れて接してくれている事実に、改めて心が暖かくなる。

「さァ、もう寝れそうか? まだ寂しいと言うのなら、添い寝でもしてやるが」
「……まだ少し、寂しいです」

私の返事が意外だったのか、長門さんの表情が固まった。言い出したのはそっちだろうに。じっと長門さんの瞳を見ていると、観念したのか私の手をやや乱暴に掴んで部屋までの道のりを歩き出した。どこにいたのだろう、見張員さんがヒュウと口笛を鳴らす音が聞こえた。

足早に部屋に入るなり、長門さんが大きな溜め息を吐いた。

「…長門さんが言い出したんじゃないですか…」
「お前は言い出されたら誰にでもお願いするのか?」
「長門さんだからお願いしたんです、けど」

まるで尻軽だと言われているような気持ちになり、頬を膨らませながら言う。確かに端から見れば尻軽らしかったかもしれないという考えにも至り、先程の見張員さんにもそう思われたのかもと思うと、少し軽率だったかもしれない。いや、何度でも言うが長門さんから言い出したことである。

「……夜に一人はやっぱり寂しいです」
「はァ…、分かった。言い出したのは俺だ。一緒に寝てやるから早くベッドに入れ」

ベッドに入ると伝わるシーツ独特の冷たさにぶるりを身を震わせると、後から入ってきた長門さんに抱きしめられた。

「っ、」
「どうした。添い寝をお願いしてきたのはお前だろう?」

思っていた添い寝とは違うそれに驚き、心拍数が一気に上がった。抗議をしようと振り返ろうとしたが、その動きは長門さんによって封じ込められてしまう。

「寝ろ。…今なら寂しくもないだろう」

優しい声音で囁かれ、相変わらず心臓が煩いながらも睡魔が襲ってきた。ああ、やっぱり長門さんは優しいなあ。現実と夢の狭間を漂いながら背中に感じるぬくもりを大切に想うのだった。

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