私の好きな彼は私の親友が好きで
今日は打ち合わせで高遠ホールディングスを訪れた。
2か月振りの来訪だが、2か月前より確実にセキュリティ対策が
強化されている。
やはり大手企業は違うな~ 自分の勤めている会社との差を八木沼万理は
受付でビジターカードを受け取り、首から下げながらヒシヒシと感じる。
ここ半年ほどで、高遠ホールディングスのセキュリティーは
入館だけでは無く、各フロアーへの移動、各部署への訪問も
全て、受付で申告した場所にしか立ち入れなくなった。
ついでに、他部署への挨拶なんて気軽に出来ず、少し、面倒だと
昭和物産の同僚は口にしていたし、自分もそう感じていた。

ここまで強化するのはやはり時代なんだろうか?

セキュリティー=飯島薫を思い出すのは・・仕方が無いのかもしれない。
彼は当時、ウィルスソフトを作成、販売し、セキュリティー強化を
企業に散々進言していた。
うちの会社にも来たが、残念ながら物別れに終わった。
そして、この会社から飯島薫の居る会社は目と鼻の先だ。
何年も、この会社に来る度に、この近くでランチをし、
少し遠回りしているのは、偶然に彼に会えるのではないかと
期待しているから。

今思うと、あの時に何であんなにイライラしたのか・・
彼は誠実ではあった。心に秘めた相手はいたかもしれないけれど、
浮気をするような人では無かった。
そして、仕事でデートがキャンセルになる事はあったが、
それ以外でキャンセルをされる事は無かったし、
優しかった。
自分が社会人になって、ある程度のポジションを任されると解る
彼が仕事でドタキャンせざるを得なかった事を・・

自分が大人の対応をしていたら・・
あれから何人かの男性と付き合ったが彼以上の人には出会えず、
私を1番だと言っていたのに浮気された事も・・
だったら1番じゃなくても浮気されない方が幸せだったのでは・・
そう、考えるようになったのは諦めの境地。人の心は移ろいやすい・・
何時か彼も私が1番になったのかもしれない・・そう思うようになっていた。

打ち合わせも終わり、丁度、ランチタイム・・
もしかしたら、会えるかもとの期待を込めてこの近くでランチをしよう。
そう、思いエレベーターを待っていると、スマホを耳にあて、
歩きながら通話しているその子は飯島さんだ。
1か月前に書類を持って会社に来てくれた子・・

美人でクールな印象があったけれど、今、目の前にいる子は少し
困ったような顔をして話している。断片的にしか聞き取れないが

「今から会社でます。でも、佐伯さん本当に私がそこでお昼を
一緒に食べても大丈夫なんでしょうか?」
「わかりました。そんなに仰るなら・・もうエレベータに乗るので・・
はい、」
そう言って彼女は通話を止め、今度は何かを打ち始めた・・
(若いな~)その入力の速さに、年の差を感じ、苦笑いをしてしまう・・
頬を赤らめながら入力している相手はきっと、
さっきの電話の相手なのだろうか、付き合い始めなのか
若干の他人行儀な言葉遣いは、初々しさを感じる。

1Fで自分は降りたが、飯島さんは降りる気配は無いので、
地下で待ち合わせの社内恋愛なのだろうかと想像し、
恋をしてみたくなり、高遠ホールディングスを出た時に、
思い切ってスマホを取り出した・・
1か月前に雑誌を見ながら友人が言っていた言葉が胸に引っ掛かっていた
『嫌いで別れたんじゃないんだから連絡してみたら』
(飯島薫)の名前を勇気を出してタップする・・・
何かが始まる気がして・・

「お掛けになった番号は現在使われておりません・・」
無機質な機械音が応答する・・

「ハァッ!私 バカだ・・何年も前の事・・どうして彼が私の事を待っている
なんて考えたんだろう・・彼はとっくに歩き出していた・・」

少し先にある飯島コーポレーションを見上げる。
とっくの昔に彼は雲の上の人になっていたんだ。

さっきの飯島さんの恋する乙女の顔を思い出し

私も、恋しよう!

飯島薫のアドレスを削除した。


            ≪了≫

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