『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 翌日、再び中央へ向かって出発した。皆との空気は今までと変わらない感じで、それが嬉しかった。ただ、あれからテオドールとはどこか話しづらいままでいる。テオドールは私のあふれた魔力からの伝播や迂闊な発言のせいで今まで隠していた、誤魔化していたという事実はわかっていただろう。前に言っていた、ずっと感じていた違和感の正体はわかっただろうけど、どう思われているのかと思うとどうしても気まずかった。

 森のなかの街道を進んでいると、穢れを感じたのでその方向へ向かう。道のない草むらをかきわけてたどり着いたのは見覚えのある場所だった。石造りの魔法陣が彫られた舞台に、それを囲むように並んだ石柱。昔教科書で見た遺跡のようなこの場所に、穢れがたまっている。ここは──
「中央神殿にあるのと同じ……召喚の魔法陣。」
「悠希さん、もしかして……」
 アルフレートの呟きに、皆の視線がこちらに集まる。私は少し強ばった顔で頷いた。
「私が召喚された場所、だ……」
 季節はもう少し深かったし夜にさしかかるくらいだったけれど、今は全然違う場所のように見えた。草や土が黒ずんで見た目にも力がない。幸いにも周囲には魔物も穢れに侵された動物もいないようだ。とにかくまずは穢れを祓ってしまわなければ。瑠果ちゃんと二人並んで浄化をする。漂っていた穢れがネックレスに吸い込まれていき、辺りは心なしか明るくなった。
 あのときの事を思い出してか、いつの間にかぐっと手を握りしめていたみたいだ。でも、あれから色々なことが起きたから、随分昔の出来事のようだ。
 ──大丈夫。もうあの隷属の指輪もはずれている。
 ふと、彫られた魔法陣のひび割れた辺りに、黒い小さな球体がふわふわと飛んでいるのことに気がついた。
「瑠果ちゃん、見える?」
「うん」
 小さな妖精のような姿。闇の神の眷属にあたる闇の精霊、だろうか。精霊自体が穢れというわけではないからか、浄化には巻き込まれなかったようだ。何でこんなところにいるんだろう。闇の精霊は、ふわふわと魔法陣の周辺を漂っていたが、すぐに姿を消してしまった。
 立ち去る前、気になって遺跡を振り返る。私はあの森の奥へ駆けていったから、皆が助けてくれたのはあちらの方角かな。もしかしたら近くに私を召喚した人たちの村があるのかもしれない。何にせよ、これで私を召喚した本来の目的は達成されたはずだ。隣で一緒に足を止めてくれたテオドールが、なにも言わず、ぽんぽんと頭を軽く撫でた。……私を見つけてくれたのが、テオドールでよかった。

 その夜の弓練習、思ったほど心は揺れなかったようで、矢は問題なく的中していた。もうすでにあの出来事は自分のなかで過去になっていると思うと少し安心した。それでも小さく息をつくと、休憩するぞ、と言ってテオドールは近くの倒木に座るよう促した。少しの間、二人でぼんやりと空を眺める。なんだか、こんな風にぼーっとする時間は久しぶりかもしれない。同じように隣へ座りながら、ぽつりとテオドールが言った。
「……前にお前に俺のことを知ってるか聞いたこと、覚えてるか」
「うん。あのときはまだ言えなかったから……曖昧に誤魔化してごめん」
 忘れるわけがない。テオドールへの返事が小さく早口になってしまう。何を言われるのかと思うと、胃が痛む心地だ。
「いや、仕方ないだろ。それはいいんだ」
 身構える私の様子に少し苦笑いしながら、テオドールは続きを話した。
「あの時、言わなかったことがある。初めて『俺じゃない俺』への違和感を持ったのは、本当はお前を見つけた時だったんだ。お前は意識を失っていたが、恐らく魔力があふれて俺の中に入ってきた。その時見えたのは、たくさんの見知らぬ情景と、それに……」
 テオドールは一度そこで言葉をきると、これはその時感じたままを言うんだからな、と少し言いにくそうに呟いた。
「『俺じゃない俺』を想う、愛しいとか恋しいだとか──優しくて暖かくて、慈しむような、とてつもなく大きな、特別な感情だ」
 あの時は確かに死ぬのかもしれないと思ったから、走馬灯のようなものをテオドールに共有してしまったんだろうか。それがどんな内容だったのかも気になったけれど、何より、『彼』への想いをテオドールにぶつけてしまっていたという事実に動揺していた。あの魔力はずっと無意識のまま私の気持ちを勝手に届けていたのか。『彼』を特別に想っていたことを、テオドール本人には、知られたくなかったのに。
 ──知られたくなかった? 何故なのか、その先は考えない。
「お前の世界にある予言書というのがどんなものかわからないが……
 やっぱり、お前は俺たちを知っていたんだな」
「うん」
「予言書の『神の御使い』は、ルカなのか?」
「うん。私は、予言書に存在しないんだ」
 まるで答え合わせだな。どこか独り言のように聞くテオドールに返事をする。せめてちゃんと答えるのが、誠意だろう。
「……存在しない?」
「物語では召喚が失敗するはずだった場所があって、たぶんそこが成功したのかなって考えてる」
「だから予言書から逸れているのか?」
「かもしれないし、最初からこの世界はこうなるのが正しい姿、なのかもしれない。」
 こう思うのは、願望だ。イレギュラーな私がここに存在できる理由をずっと探している。こうして皆に、テオドールに出会えたのが必然だと、そう思っていたいからだ。
「……お前は、その予言書の物語に出てくる『俺』を好いていたのか?」
 テオドールの最後の問いに、胸の奥が冷たく凍ったような心地になった。どうしてそんなことを聞きたいんだろう。どう答えるのが良いだろうか。
「……うん。私の好きだった『(テオ)』は、あなたじゃない。」
 私のこの言葉は、どのようにテオドールに伝わるか。今までずっと、なるべくなら嫌われたくないと思っていたのに、今はいっそ嫌われた方が楽なのかもしれないと思った。
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