『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
2章
 がたごとと、馬車が揺れる。街道といっても舗装はされていないので、揺れ方が激しくて気を付けないと舌を噛みそうだ。馬車の中には掴まることのできる手すりも用意されているけど、それでも初めて乗る私にはとても辛かった。分厚いクッションがたくさん欲しい……気持ち悪くならないように集中していると、一際ガタンと馬車内が揺れた。
「わわっ」
 突然の浮遊感に、手すりを掴み損ねて座席からふっ飛んだ。あまり痛くなかったけど、誰かが受け止めてくれたようだ。ひえ……申し訳ない……
「あ、ありがとう──」
 ございます。という部分は、飲み込まれた。ぱっと顔を上げたら、その誰かととても顔が近く……しかも、それがよりにもよってテオドールとは!!
「……おい」
「────ひっ」
 しばし放心した後、ハッとして体を離すと思わず悲鳴がもれた。整った顔が不機嫌そうに眉をひそめる。それはそうだ、せっかく助けてくれたのに悲鳴をあげるなんて失礼にも程がある。
 でも、だって無理だよあの体勢、テオドールの手が私の肩を支えて! 合法的にテオドールに触ってしまった!!
 慌ててテオドールに謝る。もう土下座する勢いだ。
「ごごごめんなさい……その……近かったから驚いて……」
「………はぁ。どんくさいやつだな」
 まさにその通りの暴言に加えて大きなため息をひとつ。これじゃあ当然私の印象なんか良い訳がないだろう。
 瑠果ちゃんが、どんまいわかるよ、と慰めるように私の肩に手をポンと置いた。睨むような不機嫌顔もものすごく格好良いだなんて考えていてごめんなさい。

 その後落ち着いてくると状況をはっきり思い出してきて、頭を抱えたり叫びだしたい気持ちにかられたけれど、努めて客観的に反芻できるよう頑張った。
 ほんの一瞬だったと思うのに、とても長く感じた。がっしりとした腕と胸板……私の肩を支えてびくともしなかった。自分ではない知らない匂い。吐息のかかる距離で、しっかりと見つめてしまった。あんな風に人に近づいたことなんて、同性でもほとんど経験がない。
 思い返すととたんに動悸が早くなる。うん、これはイベント。テオドールとのイベント消化だ。とても恐れ多いけど。客観して見るんだ。
「……ユウキ、集中して。」
「あっ、ごめんなさい」
 そうそう、今は魔法の練習中だった。魔法は精神状態に大きく左右される。アルフレートの肩に乗ったクリスも、チチッと咎めるように鳴いた。感情の乱れは魔力の暴走にも繋がるらしいので、しっかり集中しなければ。
 馬車を停めて休憩したり野営をしたり、そんな時には魔法の練習をすることになったのだ。先生はアルフレートとバルトルト。瑠果ちゃんも隣で一緒に練習している。
 アルフレートはゲーム内でも魔法が得意な魔導師、バルトルトも魔法を使えるタイプのモンクという感じで、アルフレートに比べると属性は少ないが攻撃系の魔法が使えるはずだ。まだ戦闘するところは見ていないので、実際はわからないけれど。

 そういえば、アルフレートの肩に乗っている銀の毛並みのリスのような小動物──クリス。実は、瑠果ちゃんとの話にも出てきたアルフレートのお師匠さまだ。本当は人間だけど、とある事情でこのリスのような姿になっている。もちろんそれを知っているのは私が『ユメヒカ』をプレイしていたからなので、アルフレートとクリスに話すつもりがないのならば知らないふりだ。
 ……でもアルフレートがときどきクリスに向かって師匠、と話しかけているのを見かけるので、時間の問題かもしれない。

「もう一度やってみて。」
 心を落ち着けて、深呼吸をする。その空気を体の中に廻らせ、行き渡らせるように。ぐるぐると力が廻っているのを感じることができたらそのまま、人差し指の先にだんだんに集めていくようにイメージする。
「……うん、指先にしっかり魔力が集まってる。悪くない、と思う。」
「すごいですね……『神の御使い』は皆さん魔法の才が有るのでしょうか」
 この世界の魔法は決まった呪文の詠唱があるわけではなく、強く想像することで魔法として作用する。私は元の世界で色々なゲームやアニメ漫画を見たりでイメージがしやすく、相性が良いようだった。今はまず指先に魔力を集めて、体の中の魔力を意識して動かす練習をしている。魔力が動かすことができれば、体の外に出して魔法に変える段階に移る。瑠果ちゃんは既に治癒の魔法を使えるので、他の魔法を練習中だ。
 ちなみに決まった呪文はないが、補助として口に出すのは効果的だ。言霊みたいなものだろうか。例えば、『炎よ』と言うより『炎よ燃やせ』、『風よ』と言うより『風よ運べ』という方が、よりイメージが鮮明で強力になりやすい。
 あとは、魔法を使える適性みたいなものも生まれつきあって、適性のない属性の魔法は使えない。魔法として使うためには修練も必要なので、普通に暮らしている人は大抵魔法とは無縁だ。この世界の魔法属性は、地水火風に光と闇。光はめったに適性がなく、闇は闇の神の領域のため、人間の使える属性ではないことになっている。
「今までの『神の御使い』も治癒や護りの魔法に長けているらしいので、ユウキさんもまずそこから始めましょう」
「そうなんですね」
 知っていることだけど、話を合わせて頷いておく。『神の御使い』は光属性の魔法は必ず使えるはずだ。光の神の使い、ということになっているからね。
 さて……治癒魔法。漫画とかだとスッと切り傷が塞がったり光が集まって治る……みたいなイメージだけど、そんな曖昧な感じで良いんだろうか? とはいえ、今は怪我している人もいないので実際の治療はできない。できるのは体力気力回復みたいな感じだろうか……何をイメージするのがいいかな。
 ゲームでは個別に回復をかけるのが面倒で、全体回復を主に使ってたな。消費魔力より時短を選ぶものぐさ……効率タイプだ。手っ取り早く、人を回復させるもの……うーん、そうだなぁ。例えば甘いものを食べたとき。セロトニンがどばーっと出ているような、あの幸せな感覚が皆にぱーっと伝わったら……
 すると、私からぶわーっと光があふれ出て、その場にいた三人(と一匹)に光が吸い込まれていった。
「すごい、何だか幸せな気持ちがふわーって入ってきた! 悠希さんどうやったの?」
 瑠果ちゃんが少し興奮したように聞いてくる。
「不思議な感覚ですね……体が暖かくなるような」
「……眠くなる。」
 バルトルトとアルフレートも、同じような感覚を共有したようだ。肩に乗っているクリスも、チチッと鳴いて尻尾を揺らした。
「何かあったのか」
「不思議な光が飛んで来たが、魔法か?」
 周囲の警戒にあたっていたテオドールとレオンハルトにも届いたのか、驚いて戻ってきたようだ。
「今のは悠希さんの魔法だよ」
「ユウキのイメージがそのまま伝わった、のかな。たぶん治癒系の魔法。」
「なんだか力の湧くような心地がしたな」
「馬車移動は疲れますし、助かりますね」
 アルフレートの分析に、レオンハルトとバルトルトも応える。こっそりテオドールの様子を盗み見ると、いつものちょっと不機嫌そうな顔より眉が寄っていない、気がする。
 私のイメージがそのまま伝わったのかも、というのが感情を伝播させたようでちょっと恥ずかしいけど……少しは疲労回復になったなら、昼のお詫びにもなったかな。
 と、ふいにテオドールと視線がぶつかったので思い切りそらしてしまった。ああ……またやってしまった……ちらちらと見ていたのもばれていたかもしれない。
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