辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます
公爵令嬢

濡れ衣

「どういうこと、アンジェリク」

 学園の中庭に呼び出されたアンジェリクは、はしばみ色の瞳をいっぱいに見開いた。
 仲よしグループの令嬢たちに詰め寄られ、栗色の髪がかすかに揺れる。

 周りを囲むのは、上級貴族ばかりで作った学園でも特に目立つグループ。公爵家の第一令嬢であるアンジェリクも、不本意ながら仲間の一人に数えられている。

「私とフェリシーがシャルロットを悪く言ってるなんて、誰から聞いたのよ」

 え、ふつうに廊下で言ってたよね。どちらかというと聞こえよがしに。わざと大きな声で。
 アンジェリクは口には出さずに、エメリーヌの顔を見た。
 フェリシーが、いかにもおろおろしながら続ける。

「シャルロットから聞いてびっくりしたわ。私たち、ちっともシャルロットのこと、嫌ってないのに」
 
 嫌ってはいなかったかもしれないけど、すっかりバカにしてたわ。
 どうせ誰とも婚約できずに行き遅れるのよとかなんとか、見下したように言って笑っていた。そばかすだらけで地味な髪色のシャルロットを、トウモロコシと呼んでいたのも知っている。
 だけど、そんなのひとこともシャルロットに言った覚えはない。

 これも口に出さずに、アンジェリクはフェリシーの顔を見た。

「私とフェリシーの靴に釘を入れたのも、あなたなんですってね」
「エメリーヌの服にインクをこぼしたのも」
「何の話?」

 ほかにも誰それの何にどうしたとか、こうしたとかいう小さな事件のあれこれを、エメリーヌたちは語り続けた。
 そして、それらの事件の犯人は、全てアンジェリクだったことがわかったのだと言った。

 いったい何を言っているのだろう?

「もう言い逃れはできないわよ」

 言い逃れも何も、どれ一つ身に覚えのないことだ。
 知らない事件もまざっている。

 ぽかーんと口を開けていると、フェリシーとエメリーヌがものすごい形相で睨んできた。
 後ろに控えた二、三人の仲間もアンジェリクを睨んでいる。

「エルネスト様とのご婚約も、これで解消ですって」
「え? 婚約解消?」

「そうよ。人を陥れようとするような卑しい令嬢は、第二王子とは釣り合わないでしょ」
「ちょっと待って。何の話をしてるの?」

 そんなこと、エルネストから一言も聞いてないんですけど。

「何もご存じないのね。先日からあなたのことは、学園中の噂になってたのに」

 知らない。全然、知らない。

「とうとう陛下のお耳に入って、エルネスト様からの申し出もあって、はっきり決断されたそうよ」
「婚約の解消を?」
「ええ。今頃、モンタン公爵もカンカンに怒ってらっしゃるでしょうね」
「名門、モンタン公爵家の面汚しですわね」

 おほほほほ、と笑う令嬢たちの声を聞きながら、アンジェリクは呆然となった。

「お父様……」

 エルネストのことはこの際どうでもいい。
 だが、父の立場を悪くするのは本意ではない。

(だけど……。それにしても……)

 いったい何がどうしてこうなったの?

 人を陥れたって何?
 卑しいって私のこと?

 疑問がぐるぐる頭の中をかけめぐる。何が何だか、さっぱりわからなかった。
 ただ、これだけははっきり言える。

「それ、全部、濡れ衣だわ……」

 アンジェリクの呟きは、令嬢たちの高笑いにかき消された。
< 1 / 48 >

この作品をシェア

pagetop