辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます
領地の視察へ
婚礼に際して作ったドレスはどれも動きにくそうだったので、アンジェリクは旅の間に着ていた丈夫なドレスを着ることにした。
ブール城に馬車はなく、御者もいなかった。
アンジェリクの馬車をとめた場所にセルジュと一緒に向い、二頭の白馬をセルジュが馬車につないだ。
「いつもは、どうやって暮らしているの?」
「ふつうに歩いて、どこへでも行くよ。遠くに行く時は、直接馬に乗っていく」
アンジェリクが連れてきた二頭の白馬のほかに、城には大きな黒い馬が四頭いた。
ドラゴンの様子を見に森へ行ったり、エサになる鉱物を探しに山を回ったりする時に使うのだという。
「鉱物?」
ドラゴンは鉱物を食べるの?
気になったが、今は領地のことを考えるのが先だ。
セルジュが用意した地図を片手に、おおよその順路を決めた。
御者はいないので、セルジュと並んで御者台に腰かける。
平民の夫婦や親子が、よくこうして荷馬車に座っている。のどかな田園を行くのを見ると、時々羨ましく思ったものだ。
妙に華やかな装飾を施した小型の馬車に特別美しい白馬をつないでいるので、荷馬車とはだいぶ趣が違う。それでも、二人で並んで御者台に座るのは、悪くないと思った。
いや。すごくいい感じだ。
ブールの領地は広く、城はその中央にあった。
北の外れまでは半日近くかかる。街道が整備されているわけではなく、農道や、時には荒れ地の中を突っ切って進む。
橋のない川がいくつもあり、山に道はなく、平地でさえ馬車が通れるような幅がないところが多かった。
課題は山積している。
一つ一つ頭の隅にメモしながら、アンジェリクは馬車に揺られていった。
「私も馬に乗れれば、いいんだけど……」
何度目かの回り道をする途中で、思わず呟いた。
「よければ僕が教えるよ」
「本当? じゃあ、お願い」
「遠出できるようになるには、だいぶ練習が必要だけどね」
当分の間はこうして馬車で移動するしかない。
「こんなふうに二人で並んで乗るのも、楽しいし、ゆっくり練習しよう」
手綱を捌きながら、セルジュがにこにこ笑って言った。
アンジェリクも笑顔になって「そうね」と頷いた。
まわりから見たら、滑稽かもしれない。
貴族の馬車を貴族自身が御すことはない。まして夫婦が並んで御者台に座るなんてありえない。
それでも、視察のためのこの道中はとても楽しかった。
アルカン王国の中では最も北にあり、土地は痩せて作物も育たないと言われるブールだが、六月の大地には、ところどころに緑色の部分があった。
雑草が小さな花を咲かせている。
平らな土地も多い。
遠くまで開けた荒れ地は、今は何もないけれど、それがかえって清々しかった。
馬車で進む道はガタガタだ。
空は高く、風が気持ちいい。
城を出てすぐのところに小さな街があったが、それきり、残りの道のりは荒れ地と麦畑と小さな村の繰り返しだった。
麦はかろうじて育つらしく、収穫の時期を迎えた大麦や小麦が金色に光っている。
ヒツジやヤギが草を食んでいるのを見て、アンジェリクは聞いた。
「牧畜をする家はあるのかしら」
セルジュは黙りこんでしまった。
少したって「ごめん」と謝る。
「僕は、何も知らない」
ひどく落ち込んだ様子で「きみの言う通りだ、アンジェリク」と続ける。
「ブールが貧しいのは、僕の責任だ」
アンジェリクはセルジュを見た。
「大丈夫よ。ここは、全くの荒野じゃないもの」
草が育つのなら、雨は降るのだ。
「麦は実っているみたいだし」
「収穫量は、あまり多くないけどね」
ブールの気候では秋の早い時期に蒔いた麦を夏が近づく頃に収穫する。
暖かい土地では、夏の間に野菜を育てることができるが、ここでは麦を収穫するだけで精いっぱいだろう。
収穫量を増やすには荒れ地を開墾するしかないのだが、それには労力が必要だ。
それでも少しずつ進めたい。
そして……。
「土の性質が知りたいわ」
「土の性質?」
「雨は降るのに作物が育たないってことは、土の性質に合った作物を育ててないってことだと思うの」
時間がなくて、簡単にしか調べられなかった。
「実際に土地を見て、作物を作っている人の話を聞けば、どんな性質の土で、どんなものなら栽培できるかわかるかもしれないと思って」
セルジュは驚いたようにアンジェリクを見た。
「ちゃんと前を見てね、御者さん」
「あ、うん」
手綱を握って顔を前に向けたまま「きみって、すごいね」とセルジュは言った。
「僕は、情けない」
(そんなことはないわ)
昨夜は怒ってしまったが、今のアンジェリクは違う。
セルジュはアンジェリクの話に耳を傾け、何も知らなかったことを恥じている。
そのことを嬉しく思っていた。
(エルネストとは、全然違う)
かつての婚約者には何も希望を持てなかった。アンジェリクが一人でモンタン公爵家の広大な領地を治めるつもりで勉強してきた。
でも、今は……。
「アンジェリク、きみと一緒に、ブールをよくしていきたい」
セルジュはしっかりと前を見ている。
「僕に力を貸してくれるかい?」
「もちろん。私でよければ、喜んで」
ブール城に馬車はなく、御者もいなかった。
アンジェリクの馬車をとめた場所にセルジュと一緒に向い、二頭の白馬をセルジュが馬車につないだ。
「いつもは、どうやって暮らしているの?」
「ふつうに歩いて、どこへでも行くよ。遠くに行く時は、直接馬に乗っていく」
アンジェリクが連れてきた二頭の白馬のほかに、城には大きな黒い馬が四頭いた。
ドラゴンの様子を見に森へ行ったり、エサになる鉱物を探しに山を回ったりする時に使うのだという。
「鉱物?」
ドラゴンは鉱物を食べるの?
気になったが、今は領地のことを考えるのが先だ。
セルジュが用意した地図を片手に、おおよその順路を決めた。
御者はいないので、セルジュと並んで御者台に腰かける。
平民の夫婦や親子が、よくこうして荷馬車に座っている。のどかな田園を行くのを見ると、時々羨ましく思ったものだ。
妙に華やかな装飾を施した小型の馬車に特別美しい白馬をつないでいるので、荷馬車とはだいぶ趣が違う。それでも、二人で並んで御者台に座るのは、悪くないと思った。
いや。すごくいい感じだ。
ブールの領地は広く、城はその中央にあった。
北の外れまでは半日近くかかる。街道が整備されているわけではなく、農道や、時には荒れ地の中を突っ切って進む。
橋のない川がいくつもあり、山に道はなく、平地でさえ馬車が通れるような幅がないところが多かった。
課題は山積している。
一つ一つ頭の隅にメモしながら、アンジェリクは馬車に揺られていった。
「私も馬に乗れれば、いいんだけど……」
何度目かの回り道をする途中で、思わず呟いた。
「よければ僕が教えるよ」
「本当? じゃあ、お願い」
「遠出できるようになるには、だいぶ練習が必要だけどね」
当分の間はこうして馬車で移動するしかない。
「こんなふうに二人で並んで乗るのも、楽しいし、ゆっくり練習しよう」
手綱を捌きながら、セルジュがにこにこ笑って言った。
アンジェリクも笑顔になって「そうね」と頷いた。
まわりから見たら、滑稽かもしれない。
貴族の馬車を貴族自身が御すことはない。まして夫婦が並んで御者台に座るなんてありえない。
それでも、視察のためのこの道中はとても楽しかった。
アルカン王国の中では最も北にあり、土地は痩せて作物も育たないと言われるブールだが、六月の大地には、ところどころに緑色の部分があった。
雑草が小さな花を咲かせている。
平らな土地も多い。
遠くまで開けた荒れ地は、今は何もないけれど、それがかえって清々しかった。
馬車で進む道はガタガタだ。
空は高く、風が気持ちいい。
城を出てすぐのところに小さな街があったが、それきり、残りの道のりは荒れ地と麦畑と小さな村の繰り返しだった。
麦はかろうじて育つらしく、収穫の時期を迎えた大麦や小麦が金色に光っている。
ヒツジやヤギが草を食んでいるのを見て、アンジェリクは聞いた。
「牧畜をする家はあるのかしら」
セルジュは黙りこんでしまった。
少したって「ごめん」と謝る。
「僕は、何も知らない」
ひどく落ち込んだ様子で「きみの言う通りだ、アンジェリク」と続ける。
「ブールが貧しいのは、僕の責任だ」
アンジェリクはセルジュを見た。
「大丈夫よ。ここは、全くの荒野じゃないもの」
草が育つのなら、雨は降るのだ。
「麦は実っているみたいだし」
「収穫量は、あまり多くないけどね」
ブールの気候では秋の早い時期に蒔いた麦を夏が近づく頃に収穫する。
暖かい土地では、夏の間に野菜を育てることができるが、ここでは麦を収穫するだけで精いっぱいだろう。
収穫量を増やすには荒れ地を開墾するしかないのだが、それには労力が必要だ。
それでも少しずつ進めたい。
そして……。
「土の性質が知りたいわ」
「土の性質?」
「雨は降るのに作物が育たないってことは、土の性質に合った作物を育ててないってことだと思うの」
時間がなくて、簡単にしか調べられなかった。
「実際に土地を見て、作物を作っている人の話を聞けば、どんな性質の土で、どんなものなら栽培できるかわかるかもしれないと思って」
セルジュは驚いたようにアンジェリクを見た。
「ちゃんと前を見てね、御者さん」
「あ、うん」
手綱を握って顔を前に向けたまま「きみって、すごいね」とセルジュは言った。
「僕は、情けない」
(そんなことはないわ)
昨夜は怒ってしまったが、今のアンジェリクは違う。
セルジュはアンジェリクの話に耳を傾け、何も知らなかったことを恥じている。
そのことを嬉しく思っていた。
(エルネストとは、全然違う)
かつての婚約者には何も希望を持てなかった。アンジェリクが一人でモンタン公爵家の広大な領地を治めるつもりで勉強してきた。
でも、今は……。
「アンジェリク、きみと一緒に、ブールをよくしていきたい」
セルジュはしっかりと前を見ている。
「僕に力を貸してくれるかい?」
「もちろん。私でよければ、喜んで」