メガネをはずした、だけなのに

 逃げるようにその場を離れたかったけど、足が震えて動かない。

 怖い思いや恐怖心から、くるものではなかった。


 私は今、凄く感動して胸がドキドキしてる。

 目から涙が溢れ、頬を伝って流れていく。

 両手で書類を抱きかかえてるので、あふれ出る涙を拭うことができない。


 廊下の壁に背中を付けたまま、私はその場に座り込んでしまう。

 胸に書類を抱きかかえたまま、廊下の床にお尻を付けて三角座り。

 木造の校舎の壁を見つめながら、私は涙を流してる。


「賢斗くん、あきらめてなかったんだ……」


 私はしばらく、そのまま座り込んで動けなかった。

 耳だけは、賢斗くんが弾くピアノ演奏を聞き続けてる。


 心地よくて力強い演奏は、中学生のあいだコンクールに出場してなかったけど、練習を欠かさなかった結果だよね。

 素晴らしい旋律で、5付音が室内に満たされていくよ。


 三年間、お母さんの病状が回復しなくても、、挫折しないでピアノを頑張ってたんだね。

 私は、賢斗くんを恋愛対象とだけ見ていた事が恥ずかしいよ。

 告白の答えを待っていただけで、頑張ってピアノ練習をしてる苦労は考えもしなかった。

 ピアノ教室が閉鎖されて、コンクールに参加してなかったけど、心はピアニストのままなんだね。



「ごめんなさい、賢斗くん……」



 私は時間を忘れ、涙を流しながら彼のピアノ演奏を聞き続けていた……




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