悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
「それは、リーゼロッテがわたしたちをそそのかしたのよ!」
「リジーはこの国を出てからずっとわたくしたちと暮らしていたわ。シュタインハルツの人間と連絡を取り合ったことなんてなかった」

 フローレンスはぎりりと唇をかむ。

「とにかく、リーゼロッテはわたしに酷いことをしたの! 絶対に逃がさないんだから」

 話は平行線だ。

 と、そのとき窓の外から大きな音が聞こえてきた。それから「わたくしの卵をかえしなさい」という言葉も。ルーンが暴れている。

 外からも部屋の外からも男女問わず悲鳴が聞こえてくる。
 ここにきていよいよルーンの理性がぶっ飛んだらしい。何かが崩れる音も聞こえる。

「リジー、帰るわよ」
 レイアがわたしの腕をとる。
「だめ! 絶対に許さないっ」
 フローレンスがわたしの反対側の腕にしがみつく。

「リーゼロッテを渡さないなら、そんな卵壊してやる!」
 フローレンスが片手を振り上げる。振り上げた手のひらに魔力が集まり始める。

「何を」
「わたしのものにならないなら! 卵なんて壊れればいいのよ!」
「レイア行って!」

 わたしは叫んだ。

 乙女ゲームのヒロインたるフローレンスの魔力は高い。だから元は庶民だけれどシュリーゼム魔法学園の入学を許された。我を忘れたフローレンスが至近距離で魔法の力を解き放ったら。
 ルーンの卵に影響があるかもしれない。

「わたしなら平気。ここに残るから。まずはルーンに卵を返してあげて」

 早く、行ってとわたしはレイアに叫んだ。
 外から悲鳴が聞こえた。
 レイアは逡巡したけれど、ルーンを宥めることが先決だと思ったようだ。

「すぐに戻ってくるわ」
 レイアはそう言い残して魔法を使った。彼女の姿が室内から消えた。

「そこの精霊もさっさと立ち去ってちょうだい」
「いやですぅ」

 フローレンスの言葉にティティが反論する。

「リーゼロッテ、貴様は炎の精霊を垂らしこんで、今度は何を企んでいる?」

 この国の王太子にそう言われて、ティティはうっと詰まる。彼女はわたしを見て、わたしはティティを見つめ返した。ここは穏便に済ませてほしい。
 願いが通じたのか、ティティはくるりと回ってその場から消えた。

「周囲に精霊の気配はあるか?」

 ヴァイオレンツは周りの人間に話しかける。
 従者や部屋に飛び込んできた魔法使いらが辺りに結界を張りはじめる。
 外は静寂を取り戻しつつある。
 いつの間にか拘束されたアレックスが男たちに引き立てられて部屋から出て行った。

「リーゼロッテ。貴様の身柄はしばらくの間王宮預かりになる」

 ヴァイオレンツの抑揚のない声がわたしに向けられた。
 やっぱりこの国ではわたしは悪役令嬢という役回りから逃れることはできないらしい。
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