訳アリなの、ごめんなさい
邸内に入るアリシアの後ろ姿を見送って息を吐く。

「そんな、母さんに遠慮する事ないのに」

たしかに気まずいのはあるのかもしれないが、母はそんな事を気にするタイプでもない事は彼女も知っているはずなのだが。

そのまま寄宿舎に戻ろうかと思うが、少し思い直して自邸に向かうことにした。

2週間ぶりの帰宅に、乳母のティナは嬉しそうで、そのまま彼女に押し切られる形で、食事をして帰る羽目になり、食事の時間を待つ間に自室へ向かう。

テーブルの上に並べられた、僅かな荷物の中から両手ほどの大きさの箱を取り出す。

大概のものは実家か、もしくは生活の中心である寄宿舎に置いてあるため、この別邸にはあまり物は持ってきてない。
その数少ない私物のそれは、どうしても捨てられなかったものを入れて保管してあった。


破れた翡翠の玉飾と血濡れの房飾り。そして幼い少女の肖像と数枚のメッセージカード。

肖像画を手に取る。

士官学校に入った翌年、アリシアが14歳の頃であろうか。
送られてきた手紙の中に同封されていた物だ。

婚約解消をされても、未練たらしくどうしても捨てられなかった。

この頃から随分と大人になって、目を見張るように美しくなって彼女はまた自分の前に姿を現した。


もし彼女からの婚約破棄が数ヶ月遅ければ。

自分は士官学校を卒業して、彼女にプロポーズをするつもりだったのだ。

もしそうであったなら、今頃彼女と一緒に暮らしていたのかもしれない。

子供もいたりして。

そこまで考えて、首を振り自嘲する。

馬鹿な妄想だ。
殿下とその周りの浮かれ具合がうつったか。


もし、彼女と上手く行っていたのなら今のこの立場は無かっただろう。

彼女から婚約を破棄されて、自棄になり、すぐに長く膠着状態になっていた激戦地に志願した。

ちょうど兄が結婚し、跡取りの男児が生まれた直後だった。
三男の自分が死んでもストラッド伯爵家は安泰だ。


配属されたのは王太子が当時指揮していた部隊で、その人柄に惹かれたのもあり、命を投げ打つつもりで戦った。
そこで武功をあげたのがきっかけで、将来的にラングラード伯爵位の叙爵を約束され。皇太子つきの騎士になれたのだ。

手にしていた肖像をもう一度仕舞って蓋をしかけて、途中で手を止める。

割れた翡翠の玉のかけらを一つ取る。

この玉が敵の銃弾が胸に刺さる前に食い止めてくれたのだ。

一度手の内でしっかり握りしめて、丁寧に箱の中に戻した。






寄宿舎の部屋に戻ると、すぐノックの音がする。
開けなくても、誰だか分かった。ヴィンだ。


「流石に戻ってたか!遅いから、まさかと思ったけど、まさか?」

ニマニマと小賢しい笑みを貼りつけて聞く彼を軽くひと睨みする。

「ちがう。自邸に寄ってきたんだティナも寂しいだろうから」


「なぁんだ~
おれナイスパスだと思ったのに」

「残念だな。」

ガッカリしたように言われて、内心「悪かったな」と拗ねたい自分もいて、大きく息を吐く。

こちらの気持ちを知ってか知らずか、呑気に肩を竦めたヴィンがどさりと、椅子に座る。

「まぁ、こんなこと言ってられるのも今夜までだけどなぁ~」

息を吐きながら天を仰ぐ彼が、何か含みのある言い方をするのに、首をひねる。

「どういう事だ?」

彼はハハと乾いた笑を漏らす。

「ちょっとね~俺の杞憂ならいいんだけど」
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