訳アリなの、ごめんなさい
「おい、あんたエルドール家の三男だよなぁ?」

舞踏会も終盤に差し掛かったころ、再度円の中心で踊る王太子夫妻を人垣の中から目で追っていると、赤毛の男トラン・コーネリーンが近寄ってきた。


「任務中ですのでミスター御相手は出来かねます」

王太子夫妻から目を離さずに突き放すように言うと、ハハっと彼は小馬鹿にしたように笑う。

「騎士様のお仕事を邪魔する気はないよ。ちょっとあんたにお願いがあってね」

貴族の立ち居振る舞いとしては失礼極まりない。もしこれが同じ貴族の賓客として話していたならば、礼を尽くせない者の話など聞く必要もないと一蹴するのだが

今は警護中で、この場から身動きも取れない。

それをいい事に彼は口を閉じようとしない。

「アリシアに会わせて欲しいんだ。可愛い妹と最近全く会えてなくてね。元気にしているか心配なんだ。さっき王太子宮を尋ねたのだがね、ほら、あそこの柱に立ってる騎士に追い返されたんだ。今日ここに来ると思ったんだけどな」


そう言って彼はわざとらしくキョロキョロと辺りを見渡す。

なるほど、今夜アリシアが妃殿下の側に控えるのを遠慮して、裏で待つと言ったのはこの男を避けるためだったのだろう。

「ご心配なさらずとも妹君はお元気ですよ。今彼女は妃殿下から信頼されている数少ない臣下です。とても忙しいのをご理解ください」

相変わらず視線を向ける事なく返事をすると

「だぁからぁ、それが心配なんだよ。無理してないかとかさぁ。近所のよしみでさぁ、頼むよ」

なぜここまで、この男が妹に執着するのだろうか。
あまりの彼の必死さに、ザワリと胸が騒ぐ。
本能が、絶対に彼女に近づけるなと言っているような気がした。


「私にはその権限がございません。お会いしたければ、書状でも送られたら良いでしょうに。これほど献身的な兄君様であるなら、もしお時間が取れれば妹君のほうからご連絡がいくでしょう。」

すげなく突き放す。

丁度音楽が終わり、両殿下が輪を抜けていくのが見えた。助かった。

「失礼、私は殿下のお側に戻りますゆえ。良い夜をミスター」

淡々と礼を取り、彼に背を向ける。


「ふん。気取りやがって!あいつに伝えろ。知られてもいいのか?とね」

ここまで一切彼には視線を向けることはなかった。しかし投げつけられたその言葉に、反射的にに振り返ってしまった。

視線が合った彼は、ニヤニヤと笑っていた。

「彼女に何をした!」その場で殴り倒して聞き出したい衝動に駆られるが、拳を固く握って堪えた。

「人を伝書鳩扱いしないで頂きたい。悪いがお伝え出来かねる。今夜の私の仕事から逸脱しているのでね」

冷たく言い放って、再度背を向けると、足早に殿下のもとに戻った。
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