燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
「どうしていつも話が進まないんだ。天馬のこと、嫌いなのか」
夕食の時、父がまっすぐ私を見て、そう言った。
母は自分もテーブルに着くと、その話に耳を傾ける。私は食べるのを止めると、
「好きとか嫌いとかそう言う話ではないの。でも……できれば他の先生が良かったけど。ほら工藤先生とか」
と言う。
「これは天馬の引き留めでもあるんだ。天馬には定期的に引き抜きの話もきてるからな。天馬がいなくなったら、うちの救急は相当痛い。うちが三次救急を降りることになれば、この地域の医療体制が厳しくなる」
三次救急指定病院とは、24時間体制の二次救急で対応できない、重度外傷や重篤な疾患の患者さんに対応できる病院のことだ。わが東雲総合病院救命救急センターは地域のその任を担っている。
県内であれば10か所ほどある三次救急指定病院だが、この市内には2か所しかなく、うちが指定病院でなくなれば、重篤患者は、市内と言えど、もう一つの遠い病院か、市外まで運ばれなければならない。その搬送時間内で亡くなってしまう患者も多いのは明白だ。
さらにうちは地域柄、外国籍の患者さんも多く、うち以外では普段から多言語を扱っている病院はないのだ。私の小さなわがままでうちの病院の存続を危ぶませるわけにはいかない。いかないのだけど……結婚以外にやりたいことも多く、結婚をもう少し待ちたいと思うのはやっぱりワガママだろうか。