魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
 礼拝堂の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、レイラと一緒に異世界に飛ばされてきた、志田真彩だった。

 白い神官の服を着ている

「あっ……」

 レイラは声を上げた。

 シスが額に手を当てて、ため息をもらす。

「部屋にいるように伝えていたはずですが」

「……だって、なんか聖女を呼ぶ儀式があるって聞いたから」

「噂好きの者どもめ」

 シスはもう一度深いため息をもらす。

 遠慮のない物言いと、お恐れを知らない若さを感じさせる彼女に、レイラは見覚えがあった。

「志田真彩ちゃん、だったよね」

 相手は怪訝な顔をして、レイラを見ている。

「あれ? ……だれ? なんでマヤのこと知ってるの?」

 こっちは覚えているのに、忘れているなんて……。

 レイラが殺されそうになる前に、この場所で、散々おばさんとバカにしていたくせに。

 そこまで気づいて、レイラはあっと、小さな声を上げた。

「そだよね。見た目が変わってたんだった! 私、この人に殺されかけて、助けてもらった人の影響で若返っちゃったのよ!」

 シスが一瞬、ぎょっとした顔をして殺されかけたと暴露したレイラを見たが、すぐに持ち直して、いつもの柔和な顔に戻る。

「何か、勘違いをしているようですが……」

「え? あのおばさん!? うそでしょ? 若いんだけど、服装もカワイイし。マヤもそっちがいい」

 マヤの関心は、レイラが殺されかけたことよりも年齢が変わっていたことだったらしい。

「あ、いや、この服しかなくて仕方なくね」

 レイラはもじもじとワンピースの裾を触りたくなる。

 見た目が20歳ほどになっているとはいえ、元の年齢と中身を知られているので、この丈の短いフェミニンなワンピースを見られるのは、精神的なダメージが大きすぎた。

「いろいろあったのよ。いろいろ……聞かないで」

「……はっ! いろいろって、噂は本当なんだ」

 マヤは身を乗り出して、レイラの顔を覗き込んでくる。

「うわさ?」

「魔王に囲われてる聖女が超絶セックスが上手で、魔王も気持ちよすぎて一晩中泣かされてすごい声が廊下にまで聞こえてくるって」

「………………はい?」

 なんでこの子、恥ずかしげもなくセックスとか口に出せるの?

 シスも驚いて硬直してしまっている。

 レイラも咄嗟に何を言われたか理解できない。

 それから、遅れて何を言われたか理解して顔が赤くなる。

 こんな遠い場所に何という噂が出回っているんだ! でたらめもいいとこではないか。

「違う違う!」

 これは、あれだ。マッサージのことを、体の関係があるって誤解されている。

「確かに気持ちいいからはまってるみたいだけど、違うのよ……その、最近は手加減してるから声も大きくないし、本人も気にしてて声を出すのを必死に我慢してるみたいだから誰にも聞かれていないはず、だから……え? なんでそんなこと知ってるの!?」

 ここまで取り乱すことは滅多にないのだが、自分でも何を言っているかわからなりながら、しどろもどろの説明をする。

 レイラの言い訳を聞いているうちに、マヤと、シスまでも顔を赤くしている。

「とにかく噂はウソ! 誤解だって!」

「人は見かけによらないんだね」

「聖女の力は失われてしまったのですか!?」

 レイラは顔をこわばらせたシスに両腕をつかまれて、我に返る。

「力? 癒しの力なら使えるけど……」

 シスは顎に手を添えて、思案した後、レイラの腕を離し、咳払いをした

「そうですか……そういうこともあるかもしれませんね。ならばいいのです」

 何がどういいのかわからなかったが、シスは神官や女官たちにレイラを禊のできる泉まで案内するように指示している。

「詳しい話は後程、まずは禊を」

 レイラは女官に両脇を挟まれるように礼拝堂から連れ出され、部屋で白い長衣に着替えさせられる。

 袖や裾のふちが控えめな金糸でふちどられて、上品な装いだった。

「禊って何をするの?」

「……」

 レイラと口をきかないように言われているのか、女官は口をつぐんだままだ。

 しかもレイラの脱いだワンピースを汚いものでも持つように指でつまんで、どこかに持ち去ってしまった。

「……うわ、感じ悪い」

 誰も答えないので、聞こえているのもかまわず、レイラはあきれた声を上げた。

 その後、禊が行われる沐浴場に連れていかれた。

 沐浴場は大きなものではなかったが、中央に白い女神の像があり、チロチロと水が女神の手を伝って流れ落ちていた。

 吹きさらしではあったが、天井があり、柱と柱の間から庭のようなものが見えた。

 レイラはそこに入るように言われて足をつける。

「冷たい!」

 思わず声を上げると、女官がレイラをにらみつける。

「マヤ様は毎日、禊をされています」

「ふーん」

 女官は普段はマヤの世話を任されているらしく、マヤに同情的だった。

 レイラはマヤをダシにその女官から、マヤは聖女としての教育を受けてはいるが、聖女の力が使えないこと、そしてシスがロ・メディ教内外にマヤが聖女であると発表したことを聞き出した。

 なるほど。

 冷たい水に体を浸すと、思考がさえてくる。

 召喚した直後はレイラが召喚の失敗を思わせる不安材料になりそうだと思って始末しようとし、マヤが聖女の力を扱えないとわかって、今度はレイラを利用するつもりなのではないだろうか。

「冗談じゃない」

 殺されかけたうえ、黙って利用されるほどお人好しではない。

 今さらレイラも聖女だったと言えないだろう。

 こっそり協力させて、その後はまた口封じに始末する……なんてことを本気でやりかねない。

 何とかラディスのところに帰らないと。

 レイラはラディスの元に戻るための方法を探ることにした。
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