ごきげんよう、愛しき共犯者さま
エマージェンシー! ただちに離脱せよ!

 女の子しか入れないそこに駆け込んで二種類の赤い花を吐いたあの日を境に、花を吐く頻度が増えた。
 まぁ、こればっかりはしょうがないよなと、自分でも思う。兄が誰かを想う、なんて、今までは漠然とした妄想だけだった。なのに、そんな瞬間を目の当たりにしてしまって、単なる妄想があっさりと現実に変わってしまったのだから。
 あの日吐いた花の名前は私にも分かるものだった。ヒヤシンスとシクラメン。花言葉はどちらも、嫉妬。色が違えば、別の意味を持ったのに。私の心は、嫉妬にまみれて、もうどうしようもないのだろう。

「あ!」
「……え、」
「千景ちゃん」
「……そ、うた、先輩……?」

 どうにか、しないとな。薬を飲んだところで、症状を抑えるのにも限界はある。根本的な解決は無理だけれど、まず視覚からの情報を遮断しよう。
 そう決意して、赤い花を回収し帰宅後すぐに兄に学校では放っておいてくれとお願いしたあの日から、およそ一ヶ月。兄が私のところへ来なくなったことで、必然的に兄の周りにいる人達を見ることもなくなったのだけれど、四日後に控えた文化祭の準備に本腰を入れ始めてしまうと、学年だとか、学科だとか、そんな垣根はあっさりとなくなってしまうらしい。

「何か久しぶりだな。ってか、どう? これ。クラスの出し物の衣装なんだけど」
「……執事、ですよね……すごく似合ってますよ。びっくりしました」

 足りなくなった材料の買い出し、いわば使いっ走りを終えてつかの間の休息をしていたら、燕尾服を身にまとった蒼汰先輩がどこからともなく現れた。

「そうそう。悠真がメイド喫茶とか言い出したせいで女子からすげぇ顰蹙(ひんしゅく)を買ってさ……ああだこうだで、こうなった」
「……ああだこうだ」
「口じゃ女子には敵わねぇってことだよな、うん」

 たははっと笑う蒼汰先輩(いわ)く、「メイド喫茶!」「絶対しない!」という言い争いの末、「だったら男子が執事に扮して執事喫茶しなさいよ」となったらしい。

「だったら、ってどんな理屈だよ! って感じだけどな」
「ですねぇ」

 左サイドの髪を撫で付けている先輩は、その見た目だけならばいつもより大人っぽく見えた。
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