夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 そこまで考えたら。

 頭と体は勝手に動いた。
 いつも定時で帰る彼女の行動を読むのは簡単だ。
 目立たないように、駅に向かう途中の交差点で、いかにも追い付いたように振る舞った。
「お疲れ様です」
 後ろから声をかけて横に並ぶと、彼女はぎょっとした。
「あ、お、お疲れ様です……」
 なんでここにいるの⁈とでも言いたげだ。
「今日は、早いんですね……」
「早く終わらせたんですよ」
「そ、そうですか……」
 駅に着いて、改札を抜ける。
 最寄駅は一緒だけど、こうして一緒に帰るのは初めてだ。

 派遣社員であり、子どももいる彼女は、基本的に残業はしない。
 対して、僕は大体残業する。法律ギリギリまで働くので、総務から残業ストップを言い渡されるのは毎月のことだった。
 一度だけ、出先から、熱を出した彼女を送って行った。一緒に帰ったのはその時だけだ。

「珍しいんですね、なにか、お家の用事とか、ですか……?」
 僕の表情を窺うように、見上げる。
 恐る恐る、という感じ。
 僕は頷いた。
「話の続きを聞こうと思って」
 彼女はギクッとした。
「続きって、私の?」
「そうですよ」
 当たり前のように言うと、彼女はぎごちなく口角を上げる。
 僕はにっこり笑った。
「本当は食事でもしながらゆっくり聞きたいところですけど、小平さんはそれはできないってわかってますから、家に着くまでに聞こうと思って」
「……え……?」
「会社では、やっぱり私事は話しにくいですしね。それとも……僕には話せないことですか?」
「え、あの……」
 焦っている彼女を前に、わざとらしくため息をつく。
「中村さんには話せても、僕では駄目ですか……」
 これは当てずっぽう。でも、最近昼ご飯を一緒に食べているらしいし、中村さんが自慢げに彼女と仲が良いことをアピールしてくるから、多分話はしているはず。
 少し暗い表情で、下を向く。
 わざとやってるのはバレバレだろうけど、これは有効なはずだ。
「あの、そういう訳じゃなくてですね」
「僕じゃ頼りになりませんか……」
 更に雰囲気を暗くすると、彼女も焦る。
「いえあの、そうじゃなくて」
「はああ……」
 大袈裟にため息をついて、がっくりと肩を落とす。
「いやあの……」
 困った顔が見える。

 彼女が僕の顔が好きらしい、というのは、初対面から感じていた。
 時々、ぽーっとみとれるようにしているし、なにより太一君の顔は同じ系統だ。おそらく父親は、そういう顔のはず。今、姿を見せないのはどうしてだか知らないけど、僕の顔が好みなのは間違いないと思う。

 幼い頃から、異性には好かれる顔だと自覚してきた。

 その顔を生かす方法は身に付けている。
 今回は、思う存分使わせてもらう。

「……どうして、そんなに気にするんですか」
 彼女が聞いてくる。
 さて、なんて答えよう。
「気になるから、かな」
「……は?」
「僕もよくわかりません」
 正直に言うのはまだ早い。うまい言い訳が思い付かずにそう言ったら、物凄く怪訝な表情をされた。
「強いて言えば、そうだなあ……太一君のご飯がおいしかったからかな」
 彼女は一瞬目を見開いて、一層怪訝な表情になった。
「この前、僕は本当にお腹が空いてて、太一君のご飯は本当においしくて、お腹いっぱいになって、おかげであの日はぐっすり眠れたんですよ。次の日は、体も気分も軽くて、凄く調子が良かった」

 自分で言いながら、ああそうか、と思う。
 思い出したら、自然に笑みがこぼれた。
 あの日は、久しぶりに幸せな気分だったんだ。

「だから、恩返しっていうか、ちょっとでも役に立ちたいんです。でも無理矢理聞く気はありませんよ。もし良かったらってことで」

 幸せな気分のまま目を向けると、彼女はぽーっと僕を見ていた。
 普段なら、顔を見られるのは余り好きじゃない。不快になることも多い。
 でも、彼女はそうじゃない。むしろ、そのまま見ていて欲しいくらいだ。

「……重たい、話かも、しれませんけど……」
 彼女が、遠慮がちに言う。
 僕は、頷いた。
「僕も、役に立たないかもしれませんし。中村さんに話してると思ってくださいよ」
 彼女はクスッと笑った。
 その笑顔を、いつまでも見ていたいと思った。




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