夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 次の日、彼女から『話がしたい』と夕ご飯に招待された。
 部屋を見ていた感触は良かったと思う。太一君がキッチンを見ていた時は、かなり好感触だった。
 中村さんも部屋についてはいい印象だったようだ。僕の生活に関しては少し苦言を呈されたけど。あの後、彼女に何かを言ったかどうかは知らない。
 夕ご飯に招待、ということは、期待してもいいはずだ。とは思うけど、全く自信がない。

 自信のなさをごまかしたくて、お土産にプリンを買った。駅前にある洋菓子店は、母親のお気に入りだ。ケーキもあるけど、僕はプリンが一番好きで、気分を上げたい時に必ず食べる。
 彼女達にも、食べてほしいと思った。

 夕ご飯は、太一君が作ったらしい。
 丼から凄くいい匂いがして、食欲をそそる。
 変わらずおいしいし、やっぱりこの家は落ち着く。リラックスできて、自宅よりも居心地が良い。
 食べながら、太一君と学校の話をした。太一君が通う小学校は、僕の母校でもある。校舎は建て替えられたので様変わりしている。学校の周りも変わってしまっているから、共通の話題はなかったけど、それでも楽しく話はできた。
 初めて会った時と比べると、ずいぶん話してくれるようになったと思う。もともとおしゃべりな方ではないらしいから、会話が弾むという感じではないけれど、友好的に話してくれる。
 最初はもの凄く警戒されたなあ、と、思い出すたびに苦笑がこみあげる。彼女が熱を出して送ってきた時も、次の日、連絡が取れないから様子を見に来た時も。





「寝てますから」
 玄関に出てきた太一君は驚いていたけど、すぐにこれ以上ないくらい仏頂面になった。
 一言放つとドアを閉めようとする。僕はとっさにカバンを隙間に入れて、それを阻止した。刑事ドラマなら足を入れるところだろうけど、痛そうでできない。
「待って、本当に寝てるだけ?気を失ってるんじゃないの?」
「寝てるだけです」
「昼から電話もメールも何回もしてるけど、全然反応ないんだよ。一回も。電源切れてるみたいだけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
「いびきかいて寝てると思ってたら脳梗塞だったってこともあるんだよ」
 『しつこいな』という顔をされた。
 思っていることが顔に出るのは彼女と同じだ。さすが親子。
 でも、安否確認はしない訳にはいかない。しっかりしてるみたいだけど、太一君はまだ子どもだ。なにかを見落として、取り返しのつかないことになったら、みんなが後悔する。
 迷惑がられているのは承知でいろいろ言っていると、太一君はしぶしぶ奥に行った。ガラス戸の向こうで、何かしゃべっている。ということは、彼女はひとまず無事か。良かった。

 玄関のすぐ横に台所。
 なんだか凄くいい匂いがする。
 柔らかい甘い匂いが数種類混じり合ってる……これは、味噌汁、かな。
 時間がなくて昼ご飯は抜いてしまったせいもあるだろうか。その甘い匂いだけで満たされた気分になる。
 そんな気分に浸っていたら、ガラス戸が開いた。
 起きたばかりであろう彼女は、会社で見るよりも無防備で。
 可愛いと、思った。
 甘い匂いの中で笑う彼女を、愛しいと思った。



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