夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
4.


「あの人、なに?」
 手を洗っていると、後ろに太一がいた。
 無愛想なのはいつものことだけど、今はなんかツンケンしている。
 『あの人』って、久保田さんのことだよね。
「なにって……会社の人って言ったでしょ?偶然、真理子先生の息子さんだったって言ったよね」
 太一は「ふーん」と鼻を鳴らして行ってしまった。
 全く、本当に愛想がない。

 玄関のすぐ横にある台所から、ダイニングというには狭過ぎる板の間を2歩で抜けて、ガラスの引き戸を開けると、6畳の居間代わりの部屋がある。
 テレビ、テーブル、それぞれの座椅子。
 襖を隔てた隣の部屋は、太一の勉強机やタンスが置かれている。押入れから布団を出せば、寝室に早変わり。
 太一が自分の部屋を欲しがったら、この部屋は完全に太一の部屋にするつもりだった。
 母子が住むにはちょっと狭い気もするけれど、なんとかなっている。

 テーブルに、湯気の立つマグカップと体温計が置かれている。
「ハチミツミルク。あと熱計って」
 ぶっきらぼうに言われた。
 食卓代わりのコタツ。いつもの場所に座る。えんじ色の座椅子。
 太一も、角を挟んで隣の、紺色の座椅子に座った。テレビの真正面。我が家の特等席だ。
 言われた通りに熱を計る。38度6分。うわあ高いな、と思いながら太一お手製ハチミツミルクを飲んでいたら、洗い立てのパジャマが横に置かれた。
「ありがとう」
 太一は頷いて、体温計を見た。
「高いな」
 ぼそっと呟いて、私の鞄から薬の袋を取り出す。
 薬の種類と、いつどのくらい飲むのかを確認して、熱冷ましを私によこした。
「水持ってくる」
 声変わりが始まっていて、ガラガラ声だ。
 ちょっと前まで、子どもの高い声だったのに。
 そんなに早く大きくならなくていいのにな、と時々思うけど、太一の成長はとにかく嬉しい。
 コトン、と水の入ったコップが目の前に置かれた。
「アイス食べる?ヨーグルトにする?」
 そのチョイスといい、このハチミツミルクといい、パジャマといい、太一が風邪をひいた時に私がすることと全く同じだ。
 つい笑ってしまう。
「なんだよ」
 自分が笑われたとわかったらしく、むくれている。
「ごめんごめん。太一、おっきくなったね」
 笑いながら言ったら、更にむくれてしまった。
「もう世話しない」
「あっやだやだ、お願いします。お母さん、アイス食べたいなー」
 むくれながらも、冷凍庫からカップのバニラアイスを持ってきてくれた。
「ありがとう」
 嬉しくて、熱も吹き飛んでいきそうだ。
 でもやっぱりそれは気のせいで、アイスを食べてるうちに、またぼーっとしてきた。
「早く着替えて、薬飲みなよ」
 呆れ顔の息子は、知らないうちに大分成長していたらしい。
「うん……太一のご飯は?」
「カレー。もう作った」
「ごめん、お母さん食べられない」
「冷凍しとくから。早く寝なよ」
「うん」
 アイスの残りを食べて、薬を飲む。
 パジャマを着ていたら、脱いだ服を持っていってくれた。
 いたれりつくせりだなあ、と少し感動する。

 太一は、普段から気が利く子だ。
 昔、もっと小さい頃はそうじゃなかったと思うけど、小学校に入ってから、何かと気を回して、私の手が回らない家事を少しずつやり始めた。
 今ではすっかりこの家の主夫、と言っていいのか……とにかく家のことは太一が取り仕切っている。
 冷蔵庫のヨーグルト一つでも、太一に聞かないと食べていいのかダメなのかわからないくらいだ。

 ここ半年くらいは、料理の腕もメキメキと上達して、私よりもおいしいご飯を作るようになった。私の帰宅時間に合わせて仕上げをする、というスキルも身に付けたらしい。
 太一の夕ご飯は家に帰る楽しみの一つになっている。

 体も大きくなってきたし、もう1人で淋しいと泣く年でもない。そろそろバリバリ働いて稼がないと、と思っていたりする。一応技術職なので、給料はそれなりにもらえているけども。
 何しろ、他に頼る人もない母子家庭。太一の進学もあるし、私ができるだけ稼いで、いざという時のために備えなければ。

 カップに残る冷めたハチミツミルクを飲みながら、隣でゲームをしている太一を見る。
 ちょっと伏せた目には長いまつげがかかっている。鼻筋は通り、白いなめらかな肌には今のところできもの一つなく、赤い唇は潤っていていつも何か言いたげだ。実際には言いたいことなどないらしいが。



< 5 / 83 >

この作品をシェア

pagetop