花を愛でる。



一昨日のこと、社長と気まずい関係のまま仕事を終わらせて会社を出ようとすると「田崎様」と呼び止められた。
後ろを振り返るとそこに立っていたのは黒のスーツ姿の前髪をオールバックに整えた見知らぬ男性だった。


「え……え? 私、ですか?」

「はい、田崎花様でお間違いないですね?」

「そう、ですが……」


というか初めて会った人のはず。どうして私の名前と顔を知っているんだろう。
しかしその疑問は彼の次に言葉で解消されることとなる。


「私、早乙女家の付き人の吉川と申します。本日は雛子お嬢様からとあるものを預かってまいりました」

「早乙女家……て、へ?」


早乙女さん?と戸惑っている間に彼が懐から取り出したのは一枚の封筒だった。
薄いピンク色のその封筒はよく雑貨屋などで売られているのを見掛けるレターセットを使用したものだった。

彼の手から受け取ると恐る恐るその中身を確認する。
すると中から出てきたのは一枚の紙切れだった。

そこには達筆な字で早乙女さんからのメッセージが綴られていた。


『田崎花様

お久しぶりです。早乙女雛子です。
どうしても二人でお話したいことがあります。遊馬さんに関わることです。

お願いします。私と会ってください。宜しくお願いします』


内容の割には淡泊な文章に顔を上げると吉川さんがコホンと一度咳払いをした。


「すみません、雛子お嬢様は人様に手紙を渡すのはこれが初めてでして。三日悩んで書いた結果がこちらなのです」

「三日、ですか」

「はい。明後日早乙女家で食事会の準備を進めております。もしお時間が許すのであれ雛子お嬢様と会っていただきたいと思っております」

「……」


早乙女さんが私と話したいことって、一体……

しかしこれは社長の情報を得られる絶交の機会かもしれない。
結局あの出張で彼に啖呵を切った手前、何も情報を得られず壁にぶつかっていたところだった。

早乙女さんの言っていた、彼の抱える問題が明確になるチャンスだ。


「是非、こちらからも宜しくお願いします」

「分かりました、それでは明後日、本日と同じ時間にお迎えに上がります」


これで問題解決に向けて進展するはずだ。まずはその問題の内容すら分かっていないことが問題なわけだけど。


「(よく私、あの状況で社長に楯突くことが出来たな……)」


とにかく早乙女さんに聞きたいこと、明後日までにまとめておこう。



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