お願い、あと少しだけ
東京駅に着いたら、9時過ぎだった。あぁ、もうすぐだ。奈緒子は思った。奈緒子はこっそり思っていた。いっそのこと、弘樹に抱きついたまま、新幹線に飛び乗っちゃおうか。そして思う。そんなことしても、弘樹が困るだけだ。自分だって、明日の仕事、どうするのだ。それに、たとえ1日ずれたって、2人が離れることは変わらない。

「奈緒子を一緒に連れて行っちゃおうかな・・・なんてね」

どきんっ。奈緒子は自分の考えていることを読まれたような気がした」

「連れってって・・・なんてね」

弘樹にぎゅっと抱きつく奈緒子。

新幹線が入ってくる。しばらくは車内清掃などがあるはずだ。

「離れたく・・・ないよぉぉぉ」

涙が後から、後から、落ちてくる。

「僕だってっ・・・。2週間後まで、会えないなんて、我慢できない。奈緒子・・・来週末、大阪来る?」

奈緒子がふと顔を上げて、弘樹を見る。

「・・・いいの?忙しいんじゃないの?」

「土曜休み取れるか、あやしい。けど・・・土曜の夜と日曜だけでも、会いたい、奈緒子。駄目かな?」

「弘樹がいいなら、行きたい」

「疲れてて、どこも連れて行ってやれないかもしれないけど」

「いいよ、部屋で過ごそう」

ぎゅ~っ。弘樹が奈緒子を抱きしめる。そして、照れたように。

「また、甘い時間を過ごそうな」

新幹線の発車の時間が近づく。2分前。

「約束のキス、しよ。さよならのキス、じゃないよ」

弘樹が奈緒子の目をまっすぐに見て言う。そして、2人の唇がゆっくりと近づいて行く・・・。

永遠かと思ったキスだったが、けたたましい発車のベルで2人は現実に戻る。

「じゃあ、な。来週、来いよ」

「うん。じゃあ、ね」

非情にも、扉は締まり、弘樹を乗せた車両はどんどん遠くなる。

弘樹を信じる。それしかないんだ。

淋しいけど、それは弘樹も一緒。

とりあえず、弘樹が新しい支店で元気でやってくれるのが一番だ。

それと・・・明日、異動願い、書いてみよう。
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