お願い、あと少しだけ
オフィスに着き、奈緒子は秘書課のトレーニングを受けた。書類作成、来客対応、スケジュールの管理、冠婚葬祭の対応・・・などなど、秘書の仕事は多岐に渡る。

秘書課の課長、高垣美里(たかがき みさと)が懇切丁寧に教えてくれる。奈緒子はメモを取りながら、必死に覚えようとしている。

「岡崎さんには、購買部の田中部長の秘書をしてもらうから。紹介するわね」

高垣さんが笑顔で言った。

「え・・・あの、私、合格、なんでしょうか?」

採用前提できたわけではない、と聞いている。

「私には、人を見る目があるのよ。あなたみたいな真面目で、しかも人当たりのいい人なら大丈夫。やっていけるわ」

「ありがとうございます。本当に嬉しいです。ずっと、秘書に憧れていたので」

「そうだったのね・・・開発部の紺野さんを追いかけてくる、って聞いたけど、それだけじゃないのね」

「そんな噂がたってるんですか?」

「心配しないで。これは、服部部長と私の間だけの話。田中部長も知らないわ。さっ、会いに行きましょう」

高垣さんに導かれ、購買部へ向かった。奥の方に、人のよさそうな50代くらいの男性が座っている。

「やぁ、君が岡崎くんかい?」

「は、はい。初めまして」

「今日は、秘書の木村くんが休みを取っているから、終業までの時間、とりあえずサポートしてくれるかな?残業はさせないから」

えっ、いきなり・・・?でも、これで気に入られなかったら、不採用よね。

「はい。まだ至らないところもあると思いますが、精いっぱいサポートさせていただきます」

「ありがとう。とりあえず、コーヒーを一杯、淹れてきてくれるかな?砂糖はなしで、ポーションミルクを一つ、持ってきてくれ」

「はい」

「給湯室はこっちよ、田中部長のカップとお茶碗も覚えてね」

高垣さんに導かれ、給湯室に行った。シンプルな水色のカップにコーヒーを上淹れ、トレーに乗せて冷蔵庫からポーションミルクも乗せる。

「じゃあ、私はここで。あとは田中部長の指示に従ってくれたらいいから。がんばってね。一緒に働けるのを楽しみにしてるわ」

「ありがとうございます」

高垣さんに一礼して、田中部長にコーヒーを運ぶ。

「どうぞ」

「ありがとう。さっそくで悪いんだけど、この文書をWordで打ってくれるかな?」

「はい」

田中部長の字は豪快だった。読みづらいわけではないのが救いだったが。

「その席のPCを使ってくれたらいいから」

多分木村さんの席なのだろう、田中部長のすぐ隣の席のPCを指さした。

よしっ、秘書 岡崎奈緒子としての初仕事だわ。がんばらないと。

気合いを入れて、PCの電源を入れた奈緒子なのだった。

机の上に、「岡崎さんへ PCのパスワード ○○○○ 木村」と言う付箋が貼ってあったので入力すると、無事起動できた。
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