想妖匣-ソウヨウハコ-

「お前の匣は頂いた」

 巴の身体に突如襲ってきた浮遊感。足はつかず、手を伸ばしても意味はない。彼女は一人、何もない空間に投げ出されてしまった。
 閉じていた瞳を開け、周りを見回す。そこは、先を見通す事すらできない闇の空間が広がっており、巴は驚き顔をあちらこちらへと向けた。

「なっ、なによ。ここ……」

 何が起きたのか分からず、動揺し忙しなく周りを見回す。だが、どんなに見回しても真っ暗な空間が続いているだけで何も無い。何かに触ろうと手を伸ばしても、触れられ物が無いため空を斬るだけ。
 暗い空間と言うだけで重苦しく、息が苦しくなってしまう。

「ど、どういう事よ! 説明しなさいよ!! 聞こえてんでしょ?!」

 巴は冷や汗を流しながら何とか声を張り上げ、歩こうと足を前に出しているが何も変わらない。
 床や壁すら無い暗闇に、彼女は自身の肩を掴み震える肩を抑える。歯がガタガタと震え、顔を真っ青にした巴は負けないように声を張り上げた。

「ちょっと、何か言いなさいよ!!」

 震えた声で叫んだ直後、巴の後ろに人影が現れた。ゆっくりと人影は右手を動かし、彼女の背中へと手を伸ばす。
 巴は涙目で、やっと明人が現れたと思い口角を上げて後ろを振り向いた。だが、人影は一瞬にしていなくなる。

「一体、なんなのよ……」

 とうとう涙を流してしまった巴だったが、どこからか明人の声が闇の空間に響き渡り、脳まで震えるような感覚に身震いする。

『お前の匣は真っ黒だな。これでは開けても意味は無い』
「いっ、意味はないってどういう事よ!! 何をする気なの!?」

 何も無い空間からいきなり声がし、巴は恐怖を隠すようにかな切り声をあげ、泣き叫ぶ。

『クックックッ。あはははっ!!』

 闇の中に明人の笑い声だけが響き渡る。その笑い声が気味悪く、巴は震えながら耳を塞ぎ蹲った。目を強く瞑り、今の現状から逃げるように全ての情報を遮断する。

「なによ、なんなのよ。こんな、なんで──」

 目に涙を浮かべながら「なんで」と呟き続ける。
 それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、笑い声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 巴は声が聞こえなくなった事に安心し、周囲を確認しようと顔を上げた────その瞬間。目の前に異様な笑みを浮かべた明人の顔が迫ってきていた。

「お前の匣は"頂いた"」
「ひっ!!?? きゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 巴の悲鳴と明人の笑い声が、暗闇の空間に響き渡った――……
< 37 / 66 >

この作品をシェア

pagetop