―17段目の恋― あのときの君とまさかの恋に落ちるとき
広い園内のサイクリングコースは1週8キロの距離があり、小さな森や原っぱの中を抜けていく。
道は空いていて(そりゃ暑いからだ)、透子と龍道コーチは太陽の光をはじくような勢いで、滑らかな道を飛ばしていった。

風に乗って飛び込んでくる夏の草木の匂いを感じながら自転車をこぐのは暑いけど確かに気持ちがよかった。
1周する間にスワンボートを見つけると龍道コーチがあれにも乗ろうとはしゃいでコースから外れ、ボートに乗ったらお腹が空いてきたのでレストハウスでランチをし、それから原っぱに大きな樹を見つけて、ちょっと一休みしようと、その木陰でごろりと2人で寝転んだ。

伸ばした2人の手が触れて、龍道コーチが透子の手を握った。
夏空を見上げながらつないだ手はとても自然で、まるで人が木の下で寝転ぶときにはそうするものだというくらい当たり前のことのように思えた。

「そういえば今度の木曜日からアメリカに出張するんだ」と告げられたのは、透子の家の近くのビアホールでピザを食べ、ビールを飲んで(車は先に龍道コーチの家に置いてきた)、夜の風に当たりながらいい気持で透子の家まで帰る道のりだった。

次のデートで1か月間の交際期間は満了を迎える。
それが突然前倒しになり、今日が急遽最後のデートになったことに自分でもとまどうほど透子はがっかりしていた。
それでも「実はさ、西山選手のスポンサーになることになって、USオープンに同行することになったんだ」と嬉しそうに話す龍道コーチに「すごいね、おめでとう」と、透子は笑顔を向けた。

西山選手は錦鯉選手の後を追う、20歳の期待の選手だ。
この契約のためにものすごく忙しかったにちがいない。
それなのに律儀に週末の時間をあけてくれたのだ。
頼まれて始まった1か月の付き合いが3週間で終わってもたいしたことではないじゃないか。

なのに透子は『じゃあ、今日で彼女の役は終わりだね』と口に出せず、龍道コーチを見上げた。

「頑張ってね」
「有難う」

龍道コーチの長い腕がくるりと透子を包み、優しく抱きしめた。
肩越しに広がる夜空に夏の星がちかりと光った。
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