庵歩の優しい世界


「……もう聞いてもいいですよね、なぜあなたが家の前で倒れていたのか」


 ついにこの時を待っていたとばかりに私は意気込み、幸助は対照的に苦笑いで頭を掻いた。


「いや、昨日の夜ちょっと買い物に行こうと部屋を出たのはいいですけど、部屋にカードキーを置いて出てしまって……。

おまけに携帯も置いて出てしまって……。

そのまたおまけに財布も置いて出てきてしまったんで部屋に入れないし、財布がないから物も買えない。

なぜかインターホンが壊れてナツを呼べない。あわあわしているうちに完全に寝ていました」



 行き倒れていたのではなく爆睡していたらしい。しかしよくあの打撲で起きなかったなあ。



「管理人にマスターキーで開けてもらえればよかったのに」

「え、あ、そっか。その手がありましたか」

「今の今まで気づかない方がすごいです」

「幸助はちょっと抜けてる」



 ナツ君が肩を竦めた。


 かく言う彼もカードキーを持たずに出て来ていたことを私は知っている。


彼だって手ぶらで横たえる幸助を一生懸命つついていた。



 ……しかし幸助よ、五歳児と同じかもしくはそれ以下というのはいかがなものか。



携帯も財布もカードキーも持たずに買い物に出るとは、君はお外になんの用事があるのだ。

君のいう買い物とは土手に生えている菜の花を摘むことではあるまい。

それであったとしてもカードキーとエコバックくらいは持っていて然るべきだと思う。


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