庵歩の優しい世界
002





 頼りない幸助と神童ナツ君が心配だったからではない───断じて違う。



 ただ作りすぎた豚汁を余らせても、もったいないだけだからお裾分けに行くだけ。


……だってほら、ご近所付き合いも大事でしょ?


 とはいえ黄昏時にお裾分けを持ってお隣へ行くなんておばさんくさい。



 福沢家インターホンを鳴らすと、パタパタと足音がして扉が開かれた。



「あ、庵歩ちゃんだ!」

ナツ君が出てきてくれた。

「どうしたの? 遊びに来た?」


「ううん、豚汁作りすぎちゃったからお裾分けに来たの。食べるかなと思って」

「やったあ! 庵歩ちゃんが作ったの?」



 まあまあ入りなよ、とナツ君が手招きする。



「いやいや、いいよここで。これ渡しに来ただけだから」

「遠慮無用だ!」


「ナツー、誰が来たんだ?」


奥から幸助の気の抜けた声がした。
ナツ君がブンっと振り返って叫ぶ。

「庵歩ちゃんが来たあぁーー!」


これは、なかなか恥ずかしい。
外まで丸聞こえだった。



「琴吹さん?」

リビングから幸助がひょっこり顔を出して、満面の笑みを浮かべた。

「幸助、庵歩ちゃん遊びに来たよ」

違う違う。
お裾分けに来ただけだ。
お鍋を掲げて、アピールしてみせる。

「私はこれを渡しに……」

「そっかあ、じゃあ入って入ってえ〜」

幸助は全然聞いちゃいなかった。
というか、理解していないのか?

「……いや、いいですよ玄関で」


私はやんわり断ったが、そのおしとやかさが裏目にでてしまったようだ。

「……へ、なになにっ」

なぜか私は2人に腕を掴まれていた。
持っている鍋がカタカタと音を立てる。

…………笑みをたたえ、私の腕を我がものとするナツ君と幸助は、だだ、普通に、尋常ではないくらい怖いんですけど。


「え、ちょっと。な、なんですかっ」

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