嘘が私に噛み付いた
「な……んで、知ってんの」
「わかるだろ。浅見のこと見てれば誰でも」
遠藤さんは、入社学年がひとつ上の直近の先輩だ。仕事を教えてくれて、物腰も柔らかくて、清潔感があって、とても良い人に見える。周りの評価は高いし、彼を悪く言う人は誰もいない。私だってずっとそう思っていた。
でも、いつからか私のことを撫で回すような視線で見ていることに気づいた。
私のことを、好きなのかもしれない。
そう思ってはいたけれど、私は遠藤さんを恋愛対象で見ることが出来なくて、ただ執拗に私に付き纏ってくる彼をどうにか躱すことで日々過ごしていた。
何回か前の飲み会から、私を送るという役目を彼なりに見出したらしい。
帰りのタクシーの中で、何気なく腕や太腿を触られたり、親しげに肩を組まれたりした。
それがすごく、嫌だった。
みんなの評価は高い。高すぎるほどだ。
なのに私だけが遠藤さんを嫌いだった。怖かった。そのうち、勝手に付き合ってるとか言われたやしないか、送った流れで家まで入ってくるんじゃないか、……と。
けれど働いてる場所が同じなのに空気を悪くしたくなくて、更に言えば言って好奇の目に晒されるのがとても嫌で、結局誰にも言えなくて、私はただ怯えるだけだった。
「ほんとに、良かったの?そんな役回りさせちゃって」
言うなればこれは、私から遠藤さんを遠ざけるための犠牲じゃないか。
ジワっと安堵のためか目元が熱くなる。
今日はハンカチすら持ってない、とどこかで悠長なことを思う。
「別に、俺も暇だし?」
はは、となんてことない風に笑う篠塚の横顔は新宿のネオンに照らされてほんのり青みがかっている。
「し、篠塚って好きな人いるんじゃなかったっけ…?」
どこかで誰かから聞いた話をすると、篠塚はてらいなく笑った。
「そんなことよりも、同期が困ってる時にどうにかしてやることの方が優先」
「し、篠塚ぁ〜〜!大好き!」
感動のあまり、ガバッと篠塚に抱きつくと、呆れたように笑う声がする。
「まあ、エイプリルフールだしな」
「エイプリル…あっ」
そこで唐突に思い出す。
あれはさっき5杯目のビールを飲み干してぐでんぐでんになった頃だ。