お見合い結婚します――悔いなく今を生きるために!
第2話 菜々恵との思い出(1)
田村菜々恵は中学3年の時の同級生だ。3年生の最初の席次は、僕は「い」だから窓際で前から2番目、菜々恵は「た」だから教室の中央の前から3番目だったと思う。学年始めは五十音順に席を決めるから大体こうなる。

菜々恵は髪をショートカットにした活発な女の子でしかもクラスでは可愛い方だったと思う。そのころの僕は美人とか綺麗とかの基準を持っていなかったが、彼女の横顔が好きだったので、授業中は離れた席からその横顔を見ていることが多かった。

その頃の僕はシャイで、とても女子に話しかけることなどできなかったし、自分から席の離れた菜々恵に話かけることなど考えもしなかった。ただ、学校に行って、菜々恵の横顔を見るのが楽しみだった。自分の彼女にしたいなんてことは考えもしなかったし、とうてい思い浮かばなかった。僕にとって彼女はただ眩しいあこがれの存在といったところだった。

2学期になって席替えがあって、僕は菜々恵の真横の席になった。嬉しかったが真横になるといつものように眺めている訳にもいかなくなった。でも時々横目で横顔を見ていた。近くで見るとより可愛いのが分かってドキドキした。

ある時、横目で見ていると偶然目が合ってしまった。僕はすぐに目線を外した。きっと彼女からはドギマギして目線を外したように見えたかもしれない。それから横目で見た時に目が合うことが多くなった。そのたびごとにドキッとして目線を外した。

きっと彼女も僕を見ていたのだと思う。だから目線があったのだ。それが気になってくるとまた彼女を見てしまう。僕は可愛い彼女の横顔を見ているだけで十分というか、それだけで満足だった。僕から声をかけることなど考えもしなかった。

席替えがあってしばらくたったころの昼休みだったと思う。席で午前の授業の復習をしていると菜々恵が突然話しかけてきた。

「ねえ、井上君、ここを教えてくれない。分からないので、お願い」

「ええ、いいけど、どこ?」

僕は勉強が得意というか勉強はできた。クラスでも1、2番の成績だったと思う。授業はしっかり聞いていた。家に帰ると、習ったことをノートに書き直して復習をしているだけだったが、成績は良かった。

菜々恵はここが分からないと数学の練習問題を示した。例題が分かっていれば簡単に解けるので、例題を説明してあげた。すぐに分かったようでお礼を言われた。

それからというもの、菜々恵は僕に話かけるようになった。僕は悪い気はしなかった。ただ、直接彼女の目を見て話すことなどできなかった。いつも伏し目がちに話をしていた。眩しくてとてもまともに見られなかった。彼女が僕に好意を持っていてくれたことに、その時気が付いていなかった。

高校受験が近づくと、僕は志望校を目指して勉強に集中した。それで菜々恵のことにまで気が回らなくなっていた。

そして僕は志望校に無事合格することができた。菜々恵はというと志望校の受験に失敗して、滑り止めに合格していた私立の女子高へ進学することになったと聞いた。

「私、お勉強が苦手だから、仕方がないわ。人生、お勉強だけじゃないと思うけど」

菜々恵が話しているのを聞いて、僕はしっかりしていると思った。僕は勉強が一番大事と思っていたから、そのような考えができる彼女を大人だと思った。

彼女は中学校を卒業するときにクラスの同窓会の女子の幹事を引き受けていた。もうひとり世話好きの小川君が男子の幹事を引き受けてくれた。そして毎年1回はクラスの同窓会をしようということになった。僕は菜々恵が幹事なので、必ず出席しようと思った。

僕の高校は有名進学校だったので男子が多くて女子は少なめで半数には満たなかった。それに気の強い女子が多くて、女子と話をするようなことはほとんどなかった。

高校1年の秋ごろ、1回目の同窓会があった日だった。その日は久しぶりに友人と会えて話が弾んだ。ただ、男子とばかり話していた。菜々恵も出席していたが、彼女は女子の友達と話をしていることが多かった。

ここでも僕はそういう菜々恵をただ眺めているだけで、一言も話ができなかった。ただ、相変わらず可愛いなと横目で見ていた。

夕食を終えたころに電話が入った。菜々恵からだった。

「今日、話をするのを忘れていたけど、来週の土日に文化祭があるので、遊びに来ない。私たちのクラスで模擬店を出すので食べに来てもらえないかな?」

「特に予定がないから、行けると思うけど、他の友達も来るの?」

「今日何人かには声をかけたけど、たくさんの人に来てほしいの」

「僕は行くよ。いつごろなら都合がいい?」

「土曜日は始まったばかりで忙しいから、日曜の2時ごろでどうかな? 井上君の分は確保しておくから」

「ありがとう。分かった。じゃあ日曜の2時に」

菜々恵から直接電話で依頼を受けたのが嬉しかった。だからすぐに行くと返事した。僕はこの時、僕だけが招待されているとは思わなかった。

日曜の2時に教えてもらった会場に着いた。菜々恵はきょろきょろしている僕を見つけると跳んできた。

「来てくれてありがとう。こっちで食べて。ケーキとコーヒーを用意してあるから」

2日目の日曜の2時ともなると人出はもう峠を越しているようだった。僕は用意された席へ案内された。料金表が張り出されていたので、席に着くと菜々恵に支払った。私が招待したのでいらないと言ったが、それでは負担をかけて悪いからと受け取ってもらった。僕のほかには同窓生の姿はなかった。

「友達はたくさん来たの?」

「ええ、まあ、一度に来られても案内できないので、時間を指定して来てもらったけど」

「そうなんだ」

食べ終わると菜々恵は会場全体を案内してくれた。クラスの仲間にはちょっと友達を案内してくるねと嬉しそうに言っていた。

彼女と二人だけで会うのはその時が初めてだった。僕は何を話したらいいのか分からずにただ彼女の説明を黙って聞いていた。

時々彼女の友人らしき女子が「菜々恵、彼氏来たの?」と声をかけてくる。そのたびに「そんなんじゃないよ」と答えていたが、まんざらでもなさそうに見えた。

僕はそう答える菜々恵を横目で見ていたが、あの時と同じように目が合った。その目は僕を眩しそうに見ているように思えた。

それからほかの店に入って二人でたわいのない話をしたように思う。今は何を話していたか思い出せない。4時過ぎに僕は学校を後にした。校門まで見送ってくれた菜々恵は後片付けがあると言って戻って行った。
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