尾を噛む蛇

記憶

「そっか、メグルも行っちゃうんだね。」

おいおいと泣きながらブラウンが言う。結局、ニホンへ行くには諸々の手続きが必要らしく、時間は掛かるが、またこの村に戻って来てくれると約束してタナカさん達は他の村へ行ってしまった。ちなみに、あの女の人の名前はイケベさんだと教えてもらった。

「よかったわね。故郷に帰れる事になって。」

アニーが言う。

「うん。今までありがとう。すごく助かったし、楽しかった。」

僕が笑うと、側にいた小さい子達がぎゅうぎゅうと抱きついてきた。ここはブラウンとアニーの家。あまり広くないのですごく暑いけど、嫌な気はしない。

「また、会えるよね。メグル、戻って来る?」

一人の子がそう言った。僕はテントでのタナカさん達との会話を思い出した。

「メグルくんは日本へ行った後、またここに戻って来る事ってある?」

「え?」

唐突な質問に、思わず聞き返してしまった。

「だって、コールドスリープにしてもタイムスリップにしても、何か目的があってしたわけでしょう?」

確かに。僕は日本へ行って、何をするのか決めていない。すると後ろにいたマキハラさんが口を開いた。

「というか、メグルの話がホントなら、100年後には地球終わるんだろ?だったら理由を突き止めてそれを止めるために来たんじゃないのか?」

「それ以前に、そもそもなんでそんなことになったのよ。戦争とか?」

「それならメグルには止められないだろ。」

右からイケベさん、左からスズキさん。当然のことながら、皆聞きたいことが多いらしい。

「なんだかごちゃごちゃするわね。そうだ、質問がある人は手をあげましょう!」

困っていた僕をみてタナカさんが言った。彼女はいの一番に手をあげている。

「え、えっとじゃあ、タナカさん。」

よく分からなかったけど、とりあえずタナカさんを指名することにした。

「はい。メグルくんはどうしてコールドスリープしようと思ったの?」

「どういうこと?」

イケベさんが言った。その質問にタナカさんは「えっとね。」と言って答え始める。

「時代が変わるってことは、環境が変わるってことでしょう?知っている人が誰もいない所で一人になるかもしれない、なんて思ったらとても不安だと思うの。だからそんなリスクを負ってまで、なんでそうしたのかなってことよ。」

「あー、そういうこと。確かに。」

まぁ、普通ならそんなことは引き受けたりしない。けど、それは僕も同じだった。

「僕は…コールドスリープをしたくてしたんじゃないんです。」

「え?」

「僕、ここで目覚める前は植物状態で、眠っていたんです。コールドスリープする前から。」

そう。2119年、17歳の時に僕は病気で植物状態となっていた。体が動かず、声も出ず、もちろん何も見えない。記憶に支障が出ているのもそのせいだろう。
いや、勉強が出来なかったのは事実だけど。

「なるほど。そういう状態でも、耳は聞こえてるって言ったりするよな。」

スズキさんの言葉に僕は頷いた。

「だから、お二人が言った“地球が終わる理由”は僕には分からないんです。」

そう言って僕は下を向いた。
でも、きっとニホンで何かをしなくちゃいけないのは変わらない。


「うん。大丈夫、また来るよ。」

「ホント!」

嬉しそうに笑うその子を見て、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。

「あ、そうだアニー。」

同時に聞きたいことがあるのを思い出して声をかけた。アニーは「何?」と返事をしてこっちを向き直ってくれる。

「ブラウンは、どうして僕を拾ってきてくれたの?あんまり余裕もないって、話してた事があったよね。」

「ああ、聞いてたの。」

アニーは少し驚いたような顔をして、下を向いてしまった。始め、僕はあまり歓迎されていなかった。ずっと寝ていたためか筋肉が衰えていた僕は、体もあまり動かずブラウンが世話をしてくれた。皆も徐々に馴れてきてくれたが、見ず知らずの僕に、どうしてそんなことをしてくれたのか、僕はずっと気になっていたのだ。

「…ブラウンはトモダチが欲しかったのよ。」

アニーが僕の目をまっすぐ見て言った。

「友達?」

「そう、タナカから聞いたの。私達にはそんなものはないのもの。村民は村民、家族は家族よ。だから赤の他人のメグルをみて、あなたとならトモダチになれるかもしれないって連れてきたんだと思う。」

そう言い終わると、アニーはブラウンの方に向き直っていた。とても意外だった。僕にとって友達を作ることは、そんなに大変な事だと思ったことはなかったから。

「メグル。」

さっきまで泣いていたはずのブラウンは、今度は笑っている。

「ありがとうって日本語でなんて言うの?」

「ありがとう?」

少し不思議に思ったが、僕はニホン語でありがとうとゆっくり言ってみせた。

「ア、アリガトウ?」

「そうそう。」

ブラウンはアリガトウ、アリガトウ…と何度もブツブツと呟いてから顔を上げた。

「ワタシ、アナタ、トモダチ。アリガトウ!」

そう言ってニカッと笑った。
私と貴方はタナカさん達から教わったのだろうか。途切れ途切れのはずの言葉に胸と目頭がジンと熱くなるのを感じた。

「メ、メグル!?」

それを見たブラウンがわたわたと慌てている。

「ごめん、大丈夫だよ。」

僕はそう言って腕で涙を拭う。同時に、何とも言えない感情が少しだけ胸をよぎった。
母はなんて残酷なんだろう。こんなにも温かい人達の生まれる星が、100年後には終わってしまうかもしれない事を、僕は知っている。


夜、僕は皆を起こさないように寝床を抜け出した。昼よりも冷たい風が頬を撫でる。

「お、来た。」

外ではマキハラさんが待っていた。約束通り、タナカさん達が迎えに来たので僕は外に出たのだ。布の隙間から声を掛けられた時はびっくりしたけど。

「本当にいいのか?ちゃんと挨拶しないで。」

「…はい。寂しくなっちゃうので。」

マキハラさんの質問に素直に答えた。タナカさん達が待っているという乗り物の場所まで、少しの間無言まま歩いた。先に口を開いたのはマキハラさんの方だった。

「100年後、何で地球は滅ぶんだろうな。」

「…分からないです。」

「感染症、紛争に環境問題。解決しなきゃいけない事が沢山あるもんな、人間には。」

何て答えれば良いのか分からなくなった。僕は少し間を置いてマキハラさんに質問した。

「信じてくれるんですか?僕の言ってる事。」

少し感じの悪い言い方かと思ったが、マキハラさんは一瞬微笑んだように見えた。

「ひっでー、信じてないと思ってたのかよ。俺はそういうの、意外と信じる人だよ?」

そう頷きながら、その後に「どっちかというと鈴木の方がそういうのスルーするタイプだな。」と付け加えてる。

「僕に出来る事は、あると思いますか?」

恐るおそる聞いてみた。マキハラさんは星空を仰ぎながら「どうだろうな。」と答えた。

「正直、地球規模の問題なんて、一人の力でどうとも出来ることじゃないと思うよ。けど…」

マキハラさんは続ける。

「メグルの力になりたいとも思ってるよ。」

マキハラさんはそう言って優しく微笑んだ。

「メグルくーん、マキハラくーん!」

向こうから僕達が見えたのか、少し先から声がした。スズキさんの「タナカさん、声大きいです。」という声も。

「じゃあ、行こうか。」

僕は何も言わずに頷いた。乗り物に乗り込むと中ではイケベさんが座っている。

「久しぶり。お菓子食べる?」

そう言って袋に入ったチョコを差し出してくれる。横でマキハラさんが「太るぞ。」と笑っていたのは見なかったことにして、チョコは今は気分じゃないのでお断りした。

「メグルくん。はい、これ日本の地図。」

僕が地図を受け取ると、マキハラさんがある所を指差した。

「ここ。これから向かうとこ、東京な。」
「トウキョウ…」

聞いたことのない土地だけど、それ以前に疑問に思ったことが一つ。ここは、僕の知っている場所とは形が違う。

「あの、他の地図ってないですか?」

「他の地図?世界地図ならあるよ。おっきいやつだけど。」

タナカさんは「よいしょ。」とそれを僕に渡してくれた。お礼を言い、受けとって広げて見ると僕は驚愕した。僕の知っている一つの広い大陸は、六つに別れている。今、離れてる陸が100年後にくっつく事は普通に考えてあり得ない。呆然とする僕の顔を、スズキさんは心配そうに覗き込んでいた。

こんな考えはどうだろう。僕はコールドスリープで過去ではなく、紛れもない未来へ来た。僕が眠った後、いくらかして、この星は何らかの理由で生き物の住めない場所となった。けれど、それで終わりではないのだ。滅びの蛇は尾を噛んで、再び生き物と文明が生まれまた同じことを繰り返そうとしている。これが最悪で、納得のいく僕の導きだした結論。新しく始まった世界が、100年後に終わるかどうかは僕には分からない。どこかで見たウロボロスの画。それは僕が植物状態になる前に、母の部屋で見たことがあった。…こうやって、ずっと繋いできたのだろうか。
今度は、僕の番なのかもしれない。

「メグルくん?」

呼ばれるまま、ゆっくりと顔をあげた。四人は心配そうに僕の事を見ている。

「あの、ちょっと聞いてくれませんか。」

僕はさっきまでの自分の考えを話した。世界が終わる時の記憶がない僕が、今出来ることは何もないと、そう言う僕の声は震えていた。
もう、次に託すしかないのだ。
話し終えた後、自分の目からボロボロと涙が零れているのに気付いた。そんな僕の頭に四人はそっと手を置いた。僕はその中の誰かの手をギュッと握る。

「…お母さん…」

その声にタナカさんは「なぁに?」と静かに微笑んだ。
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