内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 祐奈は丁寧に頭を下げて彼らを見送る。
 ドアが閉まったと同時に、ずっと隣にいた同僚の北川真由香(きたがわまゆか)が感心したようにため息をついた。
「はぁー。祐奈さんの英語、いつ聞いても聞き惚れちゃう。さすがプライマリーホテルの元フロント係!」
 祐奈が東京にいた頃の一流外資系ホテルの名をあげて、ちゃかすように言う真由香に、祐奈はくすりと笑って首を振った。
「そんなに大したこと言ってないじゃない。それに私も最近はあまり使ってないからちょっとなまってきてるような気もするし」
 この観光案内所の採用試験では、外国人観光客を見込んで、英会話は必須だと言われた。
 だが実際は、そう多くなかった。
 今の夫婦が一カ月ぶりくらいだろうか。
「私なんて、さっきの人たちがここに入ってきただけで、心臓バクバクだったんですよ。祐奈さんが話しかけてくれて、ほーっとしました」
 にこにことして言う真由香に、祐奈はまたくすりと笑う。
 彼女はこの観光案内所に新卒で採用されたから、同期だが、年は二十八歳の祐奈の六つも下の二十二歳。だから祐奈は妹のような感覚で彼女と付き合っている。
「英語できる風を装って採用されちゃいましたけど、祐奈さんがいなかったらどうなってたかな、私。本当に助けられてますー」
 頭をかいてそんなことを言う真由香に、祐奈は首を横に振った。
「助けられているのは私の方よ、真由香ちゃん。いつもいつも私がお休みの時、仕事をカバーしてくれるじゃない。急な休みだってあるのに、本当に助かってるの。ありがとう」
 真由香が少し照れたように鼻の頭をぽりぽりとかいた。
「急な休みは仕方がないですよ。子供はよく熱を出しますからね。私も兄弟が多いからよくわかります。それに、私は暇ですから」
「それでもよ」
「じゃあ語学力とおもてなし精神が少し足りない私と、そのあたりはバッチリだけど、お休みが少し多い祐奈さんとはぴったりのコンビってわけですね」
 そう言ってカラカラと笑う真由香につられて、祐奈もふふふと笑う。でも今彼女が言った言葉は祐奈にとっては本当にありがたい言葉だった。
 シングルマザーとして、一歳になったばかりの息子を育てながら働くには、職場の理解が欠かせない。
 はじめは、随分年が離れている彼女とのペアに少し戸惑ったものの、ここで働き始めてちょうど半年が経つ今は、彼女と組めてよかったと心から思う。
 その時、ひとしきり笑い終えた真由香が、思い出したように口を開いた。
「そういえば、祐奈さん。さっきの『宇月ランド』の話ですけど、売却先が決まりそうだって話知ってます?」
 祐奈は少し考えてから首を振った。
「ううん、知らないわ」
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