内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
「え? あ、いえ……申し訳ありません」
 慌てて祐奈は足を早める。そして、気を引き締めた。
 今日の目的は宇月温泉の魅力を大雅に知ってもらうこと。
 ……しっかりしなくては。
 祐奈は案内所で観光客を迎える時のように笑みを浮かべて口を開いた。
「温泉街に入る前にこの橋からの景色を見ていただきたいと思います。古きよき温泉街が一望できる絶好の撮影スポットになっています。若いお客さまはSNSに載せる用に写真を撮っていかれるんですよ。夜はまた雰囲気がぐっとよくなります」
 祐奈の言葉に、大雅が満足そうに頷いた。
「夜も見てみたいね」
「ええ、ぜひ。では、そちらの遊歩道からメインストリートを行きましょう」
 あらかじめシミュレーションしてあった手順の通りに祐奈は案内を始める。
 川のせせらぎに耳を傾けながら一同はゆっくりと遊歩道を歩く。
 すると大雅が、不意に少し意外な言葉を口にした。
「そういえば、秋月さん。お子さんは大丈夫だった?」
「……え?」
 祐奈は少し驚いて、目を瞬いた。
「先日、熱が出たって言ってたお子さんだよ。どうなったかなって気になっていたんだ」
 突然の彼の問いかけに、祐奈は一瞬言葉に詰まる。
 二週間前の顔合わせで、祐奈が途中退席をしたことを受けての言葉だとはわかったが、すぐには答えられなかった。
 一方で彼はにこやかな表情で、祐奈の答えを待っている。
 よくある、社交辞令的な世間話。
 でもなぜか、祐奈の胸の鼓動が嫌な音で鳴りだした。
「あの……、だ、大丈夫でした。ただの風邪で……」
 そう答えるのが精一杯だ。
 その祐奈に、大雅がまたにこやかに語りかける。
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