【完】片手間にキスをしないで


< 奈央side >


左手首に括りつけられた、妙にしぶとい手錠。否、しぶといのは手錠だけではなかった。


「ロッカールームって、ここか……やっと解けますね。手錠も」

「ああ」


窮屈なエレベーターを降りた後、奈央は隣を垣間見る。


若槻 静───空手部主将かつ、夏杏耶と同じクラス……だったか。


背は平均的で、どちらかと言えば細身だが、腕は割と逞しい。髪色は明るく癖毛も目立つが、鮎世のような軽薄さは感じない。


「……? 何かついてます?」

「いや、別に」


しかし……それはそれで厄介だ。


奈央は視線を逸らし、先を急ぐ。通り過ぎたアトリエの鼻をつくような刺激臭に、思わず顔を歪めた。



───『いいよ。たまには俺に、寄り掛かっても』



……クソ。何ずっと根に持ってんだよ。


隣を歩く逞しいその腕が、夏杏耶を抱き留めていたシーンが脳裏から離れない。


気が付けば、爪が食い込むほど、拳を握りしめていた。

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