ずぼら飯のすすめ(ない)
「問題です。」
ソファに突っ伏した私は同居人に投げかける。
「私は今、疲れています。あなたは料理ができません。今から徒歩10分の最寄りのコンビニに行くのも面倒です。デリバリーは配送料がかかるので頼みません。さて、どうやって晩御飯を食べるでしょうか。」
「晩御飯食べなくていいんじゃない?あ、それか適当にカップ麺とかお菓子食べるとか?」
「ただし、晩御飯は食べるものとします。ちなみにうちにあるカップ麺は今朝、あんたが食べたのが最後の1個でした。」
「えっとじゃあ・・・。」
かくして、私、松藤咲と同居人、早川佳澄のずぼら飯計画は始動したのである。

「冷蔵庫の中どう?」
「キャベツと生肉しかない。あとはお茶と炭酸かなぁ。あっ、この前ホワイトデーで貰ったチョコもある!そっちは?」
「ちょうどいいところに塩キャベツの素があったよ!」
そういえばそんなものも買っていたな、というくらいに存在を忘れていた塩キャベツの素を持ってニヒヒと笑う佳澄。まあこれでひとまず食べるものがあるということは分かった。
「あと流しの下の奥の方にね、ほら!」
佳澄が嬉しそうに取り出したのは上品な木の箱に入った日本酒であった。
「そんなのあったっけ?」
「ほら、咲がこの前会社のビンゴ大会か何かで当てて持って帰ってきたやつ。覚えてない?」
「あー」
そういえばあったな。ビンゴ大会(飲み会)で結構酔っていたのであまり覚えていなかった。
品種名は達筆すぎて読めないが、20度と書いてあるのだけは認識できた。塩キャベツと日本酒はいいとして、どちらかと言えば塩キャベツには安酒をがばがば飲むスタイルの方があっている気がする。

料理が出来ないとはいえ、さすがにキャベツを切ることくらいは佳澄にも出来る。
キッチンでザクザクとキャベツを切りながら佳純が尋ねる。
「なんでこんなにうちの冷蔵庫は食べるものがないの?」
「いやね、最近仕事の量が多くて買い物行く気にならなくてさ、あと明明後日になったらそこのスーパーの特売日だからそこまで耐えしのごうかと思ってて。」
前菜のチョコをつまみながら答える。
「それにしても酷いでしょ。冷蔵庫の中がキャベツと生肉って。」
「誰かさんが買い物してくれたらいいんだけどね。」
「あ、それは無理な話だわ。それに私が買い物してきても、咲、文句ばっかり言うじゃん。」
それは否定できない。しかしこれは、食べたいから、という理由で捌けもしない魚をまるまる一匹買ってきたり、なんか気になったから、と何に使うかわからないような調味料を買ってきたり、高いほうが良さそうだから、と売り場にある一番高いものを選んだりする佳澄に非があると思う。
「はい、お疲れ様の塩キャベツ。」
大きめのボウルに塩キャベツを山盛りにして佳澄がやってくる。机の上には塩キャベツ、チョコ、日本酒、大きめのジョッキ。こういうお酒はもう少し小さい器でちびちび飲むものだと思っていたのだが、佳澄にとっては大ジョッキでたくさんの飲むようなものらしい。
「お疲れ様、咲。」
佳澄がお酌をしてくれる。しかし、大ジョッキはどう考えても多い気がする。
「じゃあいただきます。チョコと塩キャベツに乾杯。」
「かんぱーい。」

くっ。
日本酒をひと口。
きっつ。普段は安酒やちょっとしたワインしか飲まないので、度数の問題なのか、日本酒だからということなのか分からないが、これはぐびぐび飲めるものでは無い。
佳澄の方をちらっと見る。比較的上戸の佳澄でもさすがにごくごく飲むというのは無理なようだ。それでもちびちびと飲み、塩キャベツとチョコ、日本酒の軽快なコンボを決め、みるみる佳澄のジョッキの中身は減っていく。
「喉乾いたし飲み物取ってくるね。」
5分もしないうちにジョッキを空けてしまった佳澄は、台所へ向かう。今更ながら、「日本酒とチョコって合うのか?」という疑問が湧き上がる。ためしに、佳澄がやっていたようにコンボを決めてみる。割といける。日本酒の苦味がチョコの甘さで緩和されて酒がすすみやすくなった。そして塩キャベツの味が、チョコレートから日本酒への味の高低差をカバーし、段階的に口の中の味を変えてくれる。ある意味主菜(チョコレート)、副菜(塩キャベツ)、汁物(日本酒)の三角食べなのではないかと思う。
三角食べの素晴らしさを感じていると、佳澄がお茶と炭酸を持ってきてくれた。
「ウーロン割りにする?」
「あ、そっちの方がいい。」
三角食べでバランスが取れるとはいえ、やはり酒に強い方ではない私には、日本酒をぐびぐび飲むのは難しい。ウーロン割りにしてくれるのは助かる。

微妙なノリの深夜番組の声をBGMに、だらだらと会話と食事を楽しむ。
だいぶ酔いが回ってきた。
ウーロン茶で割るようにしてからだいぶ飲みやすくなったように、感じる。
佳澄はウーロン茶よりも炭酸で日本酒を割る方が好きなようだ。
チョコレートも塩キャベツも食べきってしまい、何も無い台所へ食料調達に行った佳澄の声がする。
「あれ?咲ちゃん、冷蔵庫に生ハムあるよぉ?」
「え?」
さっき冷蔵庫を見た時にはなかった気がする。見落としていたのかな。あんまり覚えてないや。
佳澄が生ハムを皿に乗せて持ってくる。
「生ハムなんてあったかなぁ。」
「あったよぉ。ほら、食べよ?」
ふたりで生ハムをつまむ。酔いのせいかあまり味がわからなかったが、つまめるものならなんでも良かった。
明日は土曜日。1日ゆっくり寝ていよう。
ほどよい満腹感と、酔いに呑まれた私と佳澄はそのままリビングで眠ってしまった。

目覚ましはかけていなかった。
代わりに私を起こしたのは激しい腹痛だった。
体を起こし、私はトイレに向かう。しかし非情にもドアは閉ざされていた。
「佳澄!ちょっとお腹痛いから早くして!」
「え、ごめん私も。もうちょい待って。」
佳澄も?何か悪いものでも食べたっけ?
記憶を辿る。チョコレートや日本酒、お茶、炭酸は多分関係ないだろう。キャベツが傷んでいた?生ハムが腐っていた?
お腹を刺激しないように台所へ向かう。ゴミ箱の中を見て全てを察した私は、救急車を呼んだ。

「ほんとにごめんって。」
隣のベットの佳澄が謝る。1日経ち、だいぶ腹痛は和らいだ。
「いや、いくら酔ってても間違えないでしょ!?」
「そんなこと言ったって仕方ないじゃん。それに咲だってお皿に載ってたの、普通に食べてたし。」
トントン。
「早川さん、松藤さん、お昼ご飯です。」

ゴミ箱の中には、空の豚バラ肉のパック。
診断、食中毒。
結果的に私は、数日間、病院食という想定外の形で、料理という家事労働から解放されたのである。もちろん、ずぼら飯計画にはなかった展開だが。
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