のぼりを担いだ最強聖女はイケメン辺境伯に溺愛されています
 時間が経てばわかってもらえると思うけれど、今は無理だ。
 みんなネリーの施術を見てビックリしていた。感心してた。
 アニエスが「えー……?」と思っている間にも、絶賛の嵐が巻き起こっていた。

 ものすごく具合が悪そうだった人が、目の前でぴんぴん元気になる姿を見た人たちは興奮していた。
 とても「インチキじゃん?」なんて言える雰囲気ではなかった。

 アニエスが言っても、嫉妬していると思われただろうし……。

 でも、言うだけ言ったほうがよかったのかなと、少しだけ後悔した。
 信じてもらえなくても、本当のことがわかっていたなら、一応ちゃんと言ったほうがよかった。

 いや。ないな……。

 恥をかいて終わりだ。

「私、これからどうしたらいい?」

 家に戻っていいのなら戻りたいけれど、なんとなくそうではない雰囲気がある。
 兄が結婚したばかりだし、底辺子爵家にありあまる経済的ゆとりがあるとは思えないし……。

「旅に、出ようかな……」

 ポツリと言ってみた。

 両親は無言になった。貝みたいに口を閉じている。
 無言とは、すなわち圧力だ。

 そうしてくれと言われているのがわかった。
 
 かわいくないのだ。
 六歳で手放して、ずっと会っていなかったのだから無理もない。
 
 急にこんなに大きくなって帰ってきても、他人みたいな感じかもしれない。
 少しだけ年を取っているけど、父と母はアニエスがずっと恋しく思って瞼に浮かべ続けた姿だ。
 でも、二人にとっては違うのだ。

 泣きそうになったけど、我慢した。
 聖女の修行をする間に、涙なんかとっくに流しきってしまった。
 平気だ。

「旅に、出てみるね」

 どこか遠い所へ行こう。
 誰も知っている人がいないくらい遠くに。

 王宮から退職金も出て、多少のお金はある。
 多少だけど。 
 少……かな。多は、ないな。

 十二年も頑張って、たったこれだけ……と思ったけど、でも。

(うん。旅に出よう)

「お父様、お母様、ごきげんよう。どうぞお達者で」

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