身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「そういえば、ルールを決めてなかったね」
「ルール?」

 後ろからぽつりと切り出された話題に、思わず顔だけ振り返る。
 成さんは天井を見つめていた。

「期間が決まってるから、一緒の時間を設けるべく意識したほうがいいと思うんだ。具体的に提案してもいい?」

 なるほど。彼の言い分はわかる。
 もしも極端に互いを避けていたら、相手の情報はなにも得られず、一緒にいる意味をなさない。

「はい、どうぞ」

 納得したうえで了承すると、成さんはふいに視線をこちらに向けた。

「仕事で夜遅くなるとか、必要な連絡はすること。なるべく一日一度は一緒に食事をすること。どう?」

 その程度なら、同居する間柄として一般的なルールだろう。私は迷わず答える。

「はい。構いません」
「あと夜は同じ部屋で眠ること」
「え……? それは……」

 戸惑いを隠せない私に、彼は淡々と続けた。

「もし忙しくて時間が取れない日も、隣に寝ていれば、日常生活の中にお互いの存在を確かめられるから。そういう意味合いで始めた約束だろう?」

『約束』と言われたら、私は弱い。

 小学生の頃。日常で友達と些細な約束をしたのを、うっかり破ってしまったことがある。
 そのとき、友達をすごく傷つけてしまった。

 私は自分の迂闊さで相手を傷つけた事実を引きずって落ち込んだ。
 その子とも、しばらくぎこちない関係だったのもあったからだと思う。

 それに加え、高校時代に付き合っていた彼氏とは、大事な約束を破られたのが原因で別れたりして。

 どれもちょっとしたきっかけではあったけれど、あれ以降、私は〝交わした約束は必ず守る〟を実行している。

 これまで、友達や家族、職場や取引先など、幾度となく約束を交わしてきた。
 そして、約束を積み重ねていくうちに信頼は築かれ、絆が深まっていっていると実感していた。

 それは私に充足感を満たし、自信を植えつけてくれる。

 知り合って間もない相手であっても、〝約束〟は私にとって破るものではなく、守るものには変わりはない。
 それに、彼もまたさっき約束を守ってくれた。

 些細な事柄だったとしても、きちんと真面目に。

「……わかりました」

 そうして、私の白金台の高級タワーマンションでの生活が始まった。













< 48 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop