大胆不敵な魔女様は、悪役令嬢も、疑恋人だってできちゃうんです。

◇あたたかい場所








「ほれ! どうよ、お嬢!!」
「はいはい、すごいすごい」

熊の姿に似た魔獣は、死してなお、後ろ脚を激しく痙攣させていた。
首に突き立った長剣を抜くと、布切れを取り出して丁寧に拭い、鞘に仕舞う。
布切れはぽいと魔獣の上に投げられた。

マリオンに得意げな顔を向けていた男は、にっと笑って腰に手を置く。

森で魔獣が数体現れたと知らせがあって、屋敷を出てきたが、手を出さずに見ていろと止められた。

自信たっぷりな様子だったが、確かに危なげなく魔獣を叩き伏せていた。

マーレイ領の私設の兵士たちは、マリオン不在の七年の間も、変わらず領内を守っていた。

そこにある面々の顔ぶれは少し変わっていたが、懐かしい人もたくさん残っていた。
彼等は数世代に渡って長く森の中に住み、いつの頃からか小さな集落を形成するに至っている。

湧いてくる魔獣を相手にし、森を通る人や荷車の護衛を主な仕事としていた。

「白くなるまで燃やせ」
「わ〜かってるよぅ」
「燃やした灰は……」
「埋めるんだろ、穴も掘ってあるってば……お嬢が居ない間も上手くやってきたんだぞ。今さらヘタこくかよ」
「そうだな……悪かった」

大きな岩の上でしゃがみ込んで見物していたマリオンは、立ち上がってそこを飛び降りる。

館の方に体を向けると、別の者から声がかかった。

「お嬢様、帰るなら俺も一緒に」
「……構うな、お前はそっちを片付けてからゆっくり帰ってこい」

分かりやすくしゅんと項垂れた様は、もう青年にさしかかろうとしているのにいたいけに見える。

年嵩の男に笑われながらばしばしと背中を叩かれた。

「全く、お嬢の素っ気なさったらないな」
「屋根は俺が帰って修理しますからね!」
「お前を待ってたら日が暮れる。ビリーに叱られたくない。私がやる」
「危ないです!」
「誰に言ってるんだ」

別れる前は幼い少年だったのに、一人前のことを言うようになった小間使いに、マリオンは小さく笑う。

木々の向こうから口笛が聞こえて、男はそっちを見やった。
合図の音色で、にやりとする。
同じように口笛を返した。

「あっちも終わったみたいだな、よし! まとめて燃やすか……おい、こいつ運ぶぞ」
「うん……お嬢様、お気を付けて」
「だから誰に言ってるんだ」
「…………お前もうアレだ……そのぉ……うんと酒飲ませてやる! な?!」
「そうしろ。ビリーには明日に帰ると言っておいてやる。たまにはゆっくりしろ」

その場で転移門を開くと、マリオンはあっさりと姿を消す。

男は青年の肩に優しく腕を乗せて、そっと抱き寄せた。

「……優しさが傷口に染みるな、コリンちゃんよ」
「……うるせ」
「帰ってからこっち、お嬢に纏わりつき過ぎたんじゃねーの?」
「……そんなこと」
「ちびっ子なら可愛いものの……なぁ?」
「……鬱陶しかったのかな」
「さぁねぇ……でも前からあんなもんだったぞ?」
「前は纏わりついても優しかった……」
「あの頃はちびっ子だったからな、お前」

少しばかり追い越してしまった自分の背丈を恨めしく思って、コリンはごんごんと自分の頭を拳で叩いた。

好意が丸わかりな青年の背を、男はぐいと押す。

「んよし! 運んで火の番、それから酒だ!」

油が染み込んだ大きな布を広げて、魔獣を転がして乗せ、周囲の血が染み込んだ雪もかき集める。ふたりは雪の上を布を引いて仲間の元へと向かった。



マリオンは屋根の補修材を取りに屋敷裏手の物置にまず寄った。

持てるだけの道具を持って、勝手口から屋敷の厨房に入ると、家令のアーノルドが作業台の前で背の高い椅子に浅く腰掛けていた。

「珍しくひとりでお茶か?」
「別に珍しくないだろう……珍しいのは客人の方だ」
「うん? 客人?」
「友人……か? カイルと名乗っているぞ」
「………………は?」
「隻眼の」

道具を全部その場に落とすようにして、マリオンは回れ右をした。
勝手口まで走った所で、それを留める落ち着いた声がかかる。

「おい待て、どこに行く」
「知らん、どこか……出かける」
「それでどうする」
「しばらく帰らない」
「だからそれでどうなるって言うんだ……長引くだけだから話をしてこい」
「いやだ!」
「子どもか」
「だって!」
「だって何だ?」

マリオンは勝手口に縋るようにして、取手をぎゅうと両手で握り込む。

「だって……カイルは……なんだかんだ押しが強いんだ……負ける……」
「何の勝負だ」
「全部しゃべってしまう!」
「ここまで来られたんだ……遅かれ早かれ知られるんだぞ……というか、はは! お前が口を割られるのか?」
「……アーノルドはそれで良いのか」
「周りにべらべらと罪を論うような人物には見えなかったがな……違うか?」
「ぅぅぅ……そうだけど」
「取り込んでしまえ」

ぐるりと振り向いて、アーノルドがいる作業台に行き、ばんと両手を突いた。

どうと言うことない顔をして、優雅にお茶を飲む顔を睨みつける。

「情に訴えるか」
「……何言ってるんだ」
「体でも使ったらどうだ?」
「おい、馬鹿か?」
「馬鹿はずっと前からやってる、今さらだ。……玄関脇の客間に居る、ほら行け」
「やだ!」
「しのごのうるさい……捻るぞ」
「ぅぅ……アーノルドの馬鹿!」
「他に言うことは?」
「……ぅぅぅぅ……」

視線で客間の方向を示されて、マリオンはアーノルドに恨めしげな目を向ける。
形勢がひっくり返ることは無い空気に敗北して、マリオンはしおしおと萎えた。

しょんぼりと出入り口に向かう。


厨房を出る前に、ぐるぐる巻きにしていた肩掛けをふわりと掛け直し、ゆるくまとめていた髪も下ろして、手櫛で整えた。

両手で頬をばちばち叩いて気合いを入れると、腹の底からよしと声を出す。

「……ここのことがバレてもいいんだな?」
「お前が取り込むんだろ?」
「さぁな、でも王城の人間だぞ」
「今はな」
「甘く考えるな、あんなだけど中央にかなり近いんだぞ」
「若いのに……優秀なんだな」
「真面目な話をしてるんだ」
「……なるようになる。今までだってそうしてきた……これからもそうだ」
「…………分かった」

もう一度よしと気合いを入れて、マリオンは客間に向かった。



「何しに来たんですか?」
「……マリオン!」
「何しに来たのかと聞いています」
「お……れは、ただ……その」

久しぶりに見たマリオンは、これまでと違い、柔らかそうな雰囲気に見えた。
表情と言葉はまるっきり正反対なのだが。

黒のローブではなく、温かそうな厚手の肩掛けを羽織っていた。
ゆったりとくつろいだような服装に、学院や王城ではなく、ここがマリオンの落ち着ける場所なんだと改めて感じる。

上手く言葉が出てこず、カイルは立ち上がり、ふらふらとマリオンに歩み寄った。

「……何ですか」
「……マリオン」
「なになになになに……怖い! 怖いんですよ!」
「…………やっと会えた」

壁際まで追い込まれて、退路がなくなったところで、マリオンはカイルにぎゅうと抱きしめられる。

もごもご暴れても腕は一向に緩む気配がない。

「はなして…………離せ!」
「あ、すまない、つい……」
「つい、で圧死なんてしたくないです!」
「…………マリオン」
「なんですか、もう」

今度はゆるく抱きしめ、肩口に顔を埋めると、カイルは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

「マリオンだ……」
「…………え? 今、匂いで確認しました?」
「ん……いや、抱き心地でも」
「気色悪い! 離して!!」
「断る! もう離さないからな!」
「…………笑ってないで助けろ、ビリー!」

部屋の反対側でビリーは口元を手で覆って、声を漏らさないようにしながらも、肩を震わせていた。

「確かにこれは『仲良しさん』だわ……ごゆっくりどうぞ」
「違うぞ、違うからな!」
「夕食はいつもの時間、今日は食堂にしましょう」
「…………待て、なんだ、置いていく気か」
「薪がもったいないから、ここじゃなくて部屋に行きなさい」
「やだ!」
「二階の左側、二番目の扉です」
「ビリー!!」

意を得たりとカイルはマリオンを子どものように抱き上げる。先回りしてビリーが大きく開けた扉を出ていった。

じたばたと暴れても、どうということはない風情でカイルは涼しい顔をしている。
苛立ちまぎれで腹を蹴っても、にやりと口の端を持ち上げただけだった。

そのまま吹き抜けのある玄関広間を通り、目の前にある階段を上がって、カイルは言われた通りに左に折れてふたつめの扉の前に立った。

「俺は開けられるのか?」
「下せ」
「取手を持って回しても大丈夫か?」
「うるさい、下せ」


部屋は狭くは無いが、驚くほど広くも無かった。

窓辺の机と椅子、作業台、寝台と、王城の部屋にあったものと、あるものに変わりはないが、どれも調度として立派で、重厚感と丸みがあった。
違うのは鏡台で、その唯一だけで、ここが女性の部屋なんだと実感が湧く。

窓辺のカーテンも、寝台の覆いも、色調はおとなしいながらも小花が散っている。

殺風景ではない、かわいらしい部屋だ。

「この部屋は暖かいな」
「…………いつまで無視する気ですか、下せって言ってるでしょ」
「捕まえとかないと逃げるからな……二度もだぞ」
「どっちも逃げたんじゃありません……それにその気ならとっくに私はここに居ないです」
「…………それもそうだな」

ゆっくり丁寧に床に下ろすと、マリオンは壁にある小さな暖炉まで行って、横に積まれた薪を中に放り込んだ。
苛立った様子で指を鳴らし、薪に火を着ける。投げやりな態度に、カイルは小さく笑いを漏らした。

「迷惑だったか?」
「大迷惑です」
「俺は納得いかなかったんだ」
「そんなこと知りませんよ」
「そう言うだろうと思った……でもな、マリオン……」
「止まって……それ以上近寄らないで下さい」

片手を突き出されて、その手は近くにある椅子を指差した。

カイルは引き下がって大人しくその椅子に腰掛ける。

それを見届けてからマリオンはふうと息を吐き出して、腕を組んだ。

「ここに来るまでの間に色々考えた……ほんと、色々だ……かなり腹も立ってたし、昔のこともたくさん思い出したりした。もう最後の方は何してるんだか分からなくなったぞ? でもマリオン…………ずっとだ。ずっとマリオンのことしか考えてなかった」
「何が言いたいんですか? だから好きにさせてくれって?」
「違う…………ああ、いや。自分勝手なのは認めるけど…………それ言ったらマリオンも充分勝手だぞ」
「解ってますよ、そんなこと」
「……納得がしたいんだ。きちんとした結果を出したい」
「カイル……私は別にカイルのことなんて……」
「おい、ちょっと待て! いきなり結果を出そうとするな。納得したいって言ったろう! まず話せ。全部だ。最初から」



げんなりした顔を隠しもせずに、マリオンは派手にため息を吐き散らかした。

鏡台にある小さな椅子を運んできて、カイルの前にどかっと置くと、そこに座って足も腕も組んだ。




話す体勢が整ったのを見届けて、カイルは苦く笑みを浮かべる。








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