ひと雫ふた葉  ーprimroseー




「あれは……!」




────間違いない。

 瞬きの間しか見えなかったけど、それは確かに〝糸〟だった。

 雨香麗は生きてる。まだ、戦ってたんだ……!

 雨香麗の周りの靄は外の暴雨と合わさって激しさを増す。耳元に響くやつらの雄叫びや風の音に負けないよう、大声で徳兄を呼んだ。




「徳兄!! 雨香麗はまだ生きてる!」

「はぁ!?」

「〝糸〟が見えたんだ! まだ助けられる!!」

「助けるったって、どうすりゃ……!」

「呼びかける!」

「おま……!!」




 後ろで「んな無計画な!」と叫ぶ徳兄の声が聞こえたけど、俺は信じてる。雨香麗を信じてるから、呼びかけるんだ。

 一歩、また一歩と雨香麗に近づくにつれ、ぼんやりと聞こえていた声がはっきりと聞き取れる。




『憎い。許せない。殺したい』




 繰り返されるその言葉に胸が軋む。

 つらかったよな……。

 独りで抱え込んで、誰にも話せなくて、吐き出す場所もなくて。その矛先を自分に向けた結果がこれだ。

 もう、もういいんだよ。




「雨香麗、もういいんだ。終わりにしよう? 殺すなんて、そんなのまた憎しみを生むだけだ」




 精一杯の想いを込めてそう言った時、やつらの中にいる雨香麗と目が合った。その表情は今にも消えてしまいそうなほど儚い。

 雨香麗は泣き出しそうな顔をしながらそっと左手を持ち上げる。俺も手を差し出すと雨香麗はしきりに首を横に振り、口元を動かす。

 〝に・げ・て〟。

 そう読み取れた途端、体は黒い(もや)に捕まれてしまう。すぐに淡い光が俺を包もうとするものの、それよりも早く靄は俺の体を呑み込んだ。




「柴樹!!!」




 徳兄の叫び声を最後に、俺は(もや)の中にいた。(もや)の中は水中のように息をすることができず、それなのに泥のようにまとわりついてくる。

 目の前に雨香麗がいるのに、どんなに手を伸ばしても次々と入り込む死霊達に阻まれてしまう。だんだんと目の前が霞み、伸ばす手にも力が入らなくなる。

 瞼の裏に悲しげな顔をする雨香麗が映った────。




< 95 / 109 >

この作品をシェア

pagetop