花音(かのん)
6日目の朝、詩穂は学校について、いつもの自分の席に座り、机の上に出ていた辞書を枕にし、
顔を伏せて眠っていた。
詩穂と同じクラスで、一緒に登校してくる早苗は、同じく一緒に登校してくる和子のクラスで、朝食を食べている頃だろう。
3人で一緒に登校しはじめた高校1年生のころ、誘われた事があったが、
そもそも、家で朝食を食べてくる詩穂は、なんとなく、断った。
5分もしないうちに、カラカラとゆっくり教室の戸があいて、
忍び足で教室に入ってくる音がする。
詩穂の席の近くで足音はとまり、そっとイスを引く音がして、座った。
詩穂の席の前の、藤井翔吾は、詩穂より、遠くの駅から、学校へやってくる。
同じ電車に乗っているのだけれど、
詩穂は、改札に一番近い車両に乗っており、翔吾は、どうやら、
自分の家近くの電車の改札から、一番近い車両に乗り、それは、学校に一番近い駅の改札より、最も遠い場所になるらしい。
なので、同じ電車でも、学校到着に、5分から10分の差ができる。
詩穂は、いつも、翔吾の静かに入ってくる音を聞きながら寝ている。
珍しく、詩穂は顔をあげて言った。
「おはよう。」
詩穂の前の席に座っていた、翔吾は驚いたように振り返った。
「おこした?」
「うんん。」
詩穂は、机に顔をつけて翔吾を見上げた。
翔吾の机の上に、教科書が出ているのを詩穂は見つけた。
「勉強?」
と聞く。
翔吾は、パッと教科書を閉じて照れくさそうに言った。
「欠点取ると、部活出れないから。」
いつも、授業中は顔を伏せて眠っていて、授業が終わると、元気に走り回っている翔吾なだけに、勉強している姿は、なかなか可愛らしいと詩穂は思った。
詩穂は手を出して言った。
「教科書貸して。」
「え?いんや・・・えっと。」
詩穂は手を引っ込めずに言った。
「一人で勉強するより、誰かと勉強した方が楽しいよ。」
翔吾が詩穂に教科書と手渡した。
「英語ね。じゃあ、単語テストで!」

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