鬼の棲む街
真実と別離とスタート









バスルームに入ってすぐ壁についた大きな鏡に映る自分と目が合った


・・・っ


白の印が無数に付いた身体を目にして脚に踏ん張りがきかなくなった


人形のように抱かれ続けた日々を思い出すだけで身体が震える


白の痕跡を消したくて大きな海綿にボディソープを溢れるほどのせて赤い痕を擦る


「・・・っ」


何度も何度も、力を込めて擦る


柔らかな海綿でも擦り続けると赤くなってきた

それでも濃い赤は消えてくれない

落ち込む気持ちに合わせるようにポロポロと涙が溢れ落ちた

こんな汚れた身体を巧は見たんだ

消せない痕がシミのように心にも広がり

堪えていても嗚咽が漏れる




「小雪っ」


「・・・っ」


紅太の部屋に行くと言ったはずの巧の声に肩が跳ねた


「何してるっ」


ザーザーとシャワーを浴びながら
身体を擦り続ける私を

突然入ってきた巧は海綿を取り上げ濡れることも厭わず抱きしめた


「・・・き、え、ない、のっ」


「小雪」


「・・・消え、ない、の」


「やめろっ」


「・・・だって、こんなに・・・汚れてる」


「小雪は汚れてなんかねぇ」


「・・・」


「小雪、俺を見ろ」


服を着たままシャワーを背中に浴び続けている巧に虚ろな視線を向ける


「大丈夫だ、小雪」

「小雪は綺麗だ」

「汚れちゃいねぇ」



紡がれる巧の声に

囚われていた心が呼び戻された


「巧っ」


「辛かったな」


「・・・」


「よく頑張った」


声にならない嗚咽を巧の胸に吐き出す


あの苦しい日々が肌に残る痕を目にしただけで甦ってしまった


精一杯虚勢を張ったって所詮は力のない女


「怖い、の」


愛さんに言われた言葉がチラついて
不安な気持ちは膨らんでいる

『このまま居ればいつかは必ず連れ戻される』

だから『早く決めて』とも加えられた


家族なのに


向けられる刃が・・・
鋭い現実が・・・

より一層私を追い詰める


「大丈夫だ、俺達が護ってやる」


「絶対?」


「あぁ」



低い声が震える心に響いた













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