こうして魔王は娶られましたとさ。

「いつの間にも何も、普通に歩いて近寄っただけだろ」

 何言ってんだお前。
 そんな顔をして、勇者ロヴァルはそう吐き捨てた。

「は、離せ、てか、外せ! 僕は嫁になんてなら」
「あ"?」
「ひっ!」

 気配を! 消すな!
 そう言いたい、叫びたい、怒鳴りたい。しかしそれは己の、気配を読めませんでした、という不甲斐なさを認めるようなものだからどれもできない。
 ならばと、「嫁になんてならないからな!」と反旗を(ひるがえ)そうとすれば、濁音付きの母音を吐き出された。
 こっ! わ!
 やばいぞ、泣きそうだ。助けてくれ、まいぶらざー。

「エイダン」
「お、何だ」
「飛ぶ」
「お、おお、マジか。やけに急ぐんだな」
「指輪買わねぇといけねぇからな」
「……いやお前さっきことわ」
「あ"?」
「飛ぶんだな。おっしゃ術は俺に任せろ!」

 う、うう。
 泣いてなんかいないはずなのに、歪み出す視界。エイダンと呼ばれた従者と勇者が話している間にアンロックの術を発動してみるも、手枷はうんともすんとも言わず、ただただひんやりと冷たい感触を手首に這わせるだけ。
 くそっ! くそっ! ならば物理だ!
 両手に意識を向け、集中する。背に腹は変えられない。万が一のため、この千年八百年間、常に人形(ひとがた)を保ってきたけれど、それも今日限り。
 本来の姿に戻ろう。その意思のままに、姿を取り戻そうとする身体はまず、己のものではない手枷を拒絶する。
 びきり、手枷に刻まれたヒビ。

「おい」
「っへ」

 僕だって、やればできるんだ。
 所在不明の両親と弟にドヤッた瞬間、頭上から降り注いだ勇者の声。条件反射で顔を上げれば、そこには、僕を見下ろす青い()と振り上げられた勇者の右手。

「寝てろ」
「がっ!」

 天へと真っ直ぐに伸びた指先が振り下ろされ、うなじに衝撃が走ったことを脳みそが認識したと同時に、僕の意識はブラックアウトした。
< 5 / 13 >

この作品をシェア

pagetop