許されるなら一度だけ恋を…
「桜さん、タクシー到着しました」

障子の向こうから奏多さんの声がする。私は荷物を持ち、奏多さんのお母さんに一礼して障子を開けた。

そこには紋付袴姿から一転、ラフな私服に着替えた奏多さんが立っている。

「荷物持ちます」

「大丈夫です」と言ったけど、奏多さんはニッコリして私の荷物を持ち、玄関に向かって廊下を歩き始める。

それから外に出るまで奏多さんは一言も喋らなかった。

外に出て周りに誰もいないのを確認すると、私の前を歩いていた奏多さんはピタッと立ち止まって振り返り、真剣な眼差しを私に向ける。

「桜さん、京都に来た事……後悔してませんか?」

何故、奏多さんはそんな事を聞いてくるのだろう。

「後悔なんてしてません。むしろ茶会で勉強させてもらって有難いと思ってます」

「茶会じゃなくて、二人っきりになった夜の方なんですけど」

月の光に照らされ、抱きしめられてキスしたあの夜……完全に思い出してしまった私は一瞬で顔が熱くなった。きっと顔が赤くなっているんだろうな。

「どうしてそんな事聞くんですか?」

「なんか茶会の時、態度が変というか少し距離を置かれた気がしたので……」

奏多さんは自分の前髪に手を当て、私と同じく昨日の夜の事を思い出したのか、何だか照れたような表情をしながら私を見ている。
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