政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~
「ちょっと街に行ってくる。お母さんの車借してね」

「はいどうぞ。気をつけてね」

 あぜ道から少し広い農道に出て振り返ると、気づいた両親が紙コップを片手に手を上げた。

 十時のお茶を畑に届けたお礼なのだろう。お手伝いに来ているおばちゃん達も次々と、ミカンや焼き芋を頬張りながら満面の笑みで手を振っている。

 私も負けじと大きく手を振って笑顔で答えた。

 都心から電車に揺られ、toAを退職した私は、実家に帰ってきた。

 年末のあわただしさのなかマンションを引き払い、いつの間にかクリスマスも終わり、気が付けば年も越していた。

 春はもう少し先。頬を撫でる風は身を切るように冷たくて、とっさに肩をすくめマフラーを引っ張って顔を埋める。

 ここには見上げるようなビルも、人と車が行き交う喧騒もない。農耕車優先の標識の道は狭くどこまでも続く畑が広がっていて、ずっと先に見えるのは雪を被った山並みだ。
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